事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q61. 都内の特別養護老人ホームで生活相談員をしている者です。昨日、施設内で転倒による死亡事故が起こり、今からご家族に説明と謝罪に行く必要があります。すぐに謝った方がいいのか、謝罪することで利用者さんの死亡に対し責任を負うことになってしまうのか、また何をどこまで説明すべきなのか、途方に暮れています。先生、助けてください。 

A61. これまでの連載でも、介護事故に関する記録の書き方や、説明責任の重要性について書かせて頂きました。今回は、介護事故の初動対応として、具体的な家族への説明と謝罪すべきかどうかについてですね。
利用者が亡くなってしまった場合と、誤嚥や転倒・転落事故があったものの死亡にまでは到らなかった場合とでは、説明や謝罪についての違いにそう大差はありません。
 
ですが、説明や謝罪をする利用者や家族といった相手方に対しては、以前までの連載にも書きましたように、高齢者の層が変わり、それと同時に無責任な権利主張だけをされる家族の割合も多くなっていることから、より正確な「説明責任」が問われることになります。
 
まず、今回の相談にある「謝罪をすべきか?」という質問に対しては、「とにかくすぐに謝罪して下さい」とお答えします。その謝罪は、「今回の事故について、すべての責任は施設にあります」という責任を伴った謝罪ではなく、「利用者さんに痛い思いをさせ、またご家族の方にも辛い思いをさせてしまったこと」への謝罪なわけです。事故の原因がまだ判明していない初動に関しては、利用者の死亡も含め何らかの損害が生じたという事実があるだけで、その事実に対する原因や責任、経緯すら確認途中の状況だと思われますので。

次に、説明や謝罪を誰に対して行うのか、という点が重要です。一般的には家族という言葉で一くくりにしてしまいがちですが、入所契約やサービス利用契約上、身元引受人や保証人、家族代表者という方への説明や謝罪と理解してください。身元引受人や保証人、家族代表者とは、利用者との関係にあって、交渉程度が一番密な方、というのが前提です。その方を通じて、他の家族や親族を含めた関係人に説明をお願いするという手順をとってください。このルールを間違えると、他の家族から「私はそんなこと聞いていない。説明を受けていてない」ということにもなりかねませんし、また、説明する相手を一本化しておかないと、「兄が説明を受けた内容と、私が聞いたこととでは話が違う」というクレームにもつながりやすいですから。

また、「事故を起こした当事者と話がしたい」や「責任者の施設長を出せ」という訴えも考えられます。その場合、事故を起こしたと思われる職員には責任がありませんので、その職員からみて上席にあたる者が対応すべきです。利用者が死亡しているような場合には、施設長による説明が望ましいと思いますが、この場合には施設長がある程度の正確な情報を頭に入れている、ということが前提になります。「まだよく分からないのですが、とにかくごめんなさい」では、何の説明にもならず謝罪の意味も薄れてしまいますので。

取り急ぎ的に利用者や家族に謝罪し、施設に戻ってきてから、施設長クラスにあたる管理者が次の説明までに整理しておくべき必要のあることを以下に述べます。まず、事故が起こった際、関係したと思われる職員に対し、その上席にあたる者が聞取りを行います。それと同時に、事故報告書が作成されるはずですから、施設長クラスに該当する管理者は、事故報告書をみながら、事故を起こした職員の上席にあたる者からの口頭での報告を受けてください。その際、口頭での説明と、事故報告書等の書面との相違に注意してください。たとえば、事故発生の場所や日、曜日、時間について、明らかな勘違いだけではなく微妙な時間のズレが、問題を大きくすることにもつながります。具体的な記載方法も、和暦なのか西暦なのか、どちらかで統一しておいた方がよく、また時間についても、午前・午後で記載するのか、24時間制で表記するのか、違う担当者が同じ書類を見た場合でも、極力個人の解釈が入りにくい表記方法が望ましいといえます。

つぎに、事故当事者である利用者の過去の「ヒヤリ・ハッと」と、ケアプラン第2表との関係や、事故直近のケアプラン第2表で明記されている「実施するサービス内容」と、事故直前までの介護記録との整合性を整理しておく必要があります。この作業の中で、施設(法人)側の過失(責任)が浮かび上がってきますので、加入している損害保険会社に連絡し、このケースの場合に支払われると思われる金額を参考として聞いておくこともいいでしょう。

正確に事故の事実関係を整理し、誠意をもって利用者や家族に伝えた場合であっても、利用者や家族側が恫喝・脅迫ともとれる暴言を吐き、話がまとまらないことも想定されます。事故によって利用者が亡くならないまでも、障がいや要介護度が増すような場合、利用する施設を他の事業所に変更される場合もありますが、変更されず、入所を含めサービス利用を同じ施設で継続したいと主張される場合、利用料の支払いが滞ることがしばしば考えられます。「そちらの施設での事故が原因でこうなったのだから、このまま入所させてもらう。料金は、一切払わない」といったようなクレームです。利用料の支払いについては、規定通り支払って頂き、事故の責任割合や損害程度が確定したうえで、返戻するという流れが一般的です。それでも料金を支払ってもらえない場合、入所利用契約書に記載してあると思われますが、滞納があった場合の規定に基づき、弁護士からの文章でもって、支払命令、退去命令を通知することも可能です。これらの措置は最終手段ではありますが、このような手続きを取らなければ、ずるずると利用料を支払わないままのサービス利用が恒常化し、利用者や家族にとっても、それが当たり前だ、といった感情を固定化させてしまうからです。このような状況になると、利用者や家族が直接施設に乗りこんで来て、事故に関わった職員に直接恫喝や暴言を吐く恐れもあります。具体的な暴言の内容にもよりますが、職員に対しての名誉棄損ということや、仕事が妨げられることによる業務妨害という点で、恫喝まがいな暴言を吐く相手に詰め寄ることもできます。

「ここまですると、利用者や家族を逆上させるのでは…」と思われるかもしれません。確かにそうでしょう。ですが、守るべきは現場で働く職員なんです。数多くの介護事故裁判をみてきました経験からいっても、利用者や家族から責められた職員は、ことごとく辞めていくケースがほとんどでした。彼らを守り、辞める決意までさせないことも、施設長をはじめ管理者の力量と責任であるわけです。

そもそも、施設に入所させている家族や親族が、利用者の介護事故をめぐって賠償金を請求するまでの権限を有するのかといえば、そうではありません。有すると仮定した場合には、利用者が施設や職員に危害や損害を与えたような場合、その家族や親族がその損害に対し賠償する責任が生じますから。家族や親族が利用者の後見人になっているような場合には、損害に対して請求し裁判まで実行することも可能であると思われますが、であったとしても、施設に対し、恫喝・脅迫、暴言等が許されるわけではありません。

再度、施設の責任と、家族や親族の責任について、考えるきっかけにして下さい。

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Q62. 都内で生活相談員をしている者です。ここ数年、とくに感じることなんですが、入所者の家族からのクレームや苦情が後を絶ちません。もっともなご意見であれば、苦情といえども有難く改善に取り組めるのですが、無理難題に近い要求をされ、それを現場の職員にも強いるようなこともあるものですから、職員も嫌気がさしてその家族の利用者の担当を外れたいであるだとか、フロアの移動を申し出てくるだとか、それでなくても人員不足ななか、勤務のローテーションにさえ支障が発生するまでに至っています。
家族からの要求をどこまで聞き、また叶えることが望ましいのでしょうか? 

A62. これからの介護現場では、クレームや苦情がいま以上に増えることだけは間違いはありません。その背景につきましては、以前の連載でも触れたところですから省略しますが、高齢者の層や家族の層が変わってきただけではなく、介護保険法の改正によって、ある一定の高齢者には自己負担が増すわけですから、その分、利用者本人や家族からの要求も高くなることは予想できます。
 
さて、今回の質問ですが、高齢者を預かる施設として、家族からの要望をどこまで叶えることが望ましいのか、つまり、どこまでが施設の責任で、どこまでを家族が負うべき責任の範囲なのか、という点ですね。
 
過去の連載でも取り上げましたが、在宅介護を受けていた認知症の高齢者が、徘徊中に鉄道の駅構内に侵入し列車に衝突。その賠償をめぐっての判例を紹介したことがありました。地裁の判決では、配偶者と長男である相続人に、認知症高齢者の監督義務があるとした内容でしたが、高裁では、認知症高齢者の配偶者である妻の責任だけを問うた結果となりました。その判決に到るまでの経緯が、今回の質問のヒントになると思われますから紹介します。
 
その前に、この事件の背景には、事故を起こした認知症高齢者がかなりの資産家であり、その配偶者や子どもたちも莫大な資産を相続することから、高裁では損害額の半分を相続人らに支払わせるという判断を下しました。
最終的には最高裁へ上告した事件ですが、このケースでは憲法判断を要する内容ではないため、高裁の決定がほぼ確定になると考えられます。
 
事故当時、84歳だった妻にのみ監督義務者としての責任が肯定された理由としては、「配偶者である」という点です。高裁は、民法752条の夫婦間における「同居し、互いに協力し扶助する」義務をあげ、婚姻中において配偶者の一方が老齢、疾病または精神疾患(認知症)により自立した生活を送ることができなくなり、徘徊等により自傷他害のおそれをきたすような場合には、夫婦としての協力扶助義務の一環として、その配偶者の生活について、自らの生活の一部であるかのように見守りや介護を行う身上監護義務があるとしたうえで、民法714条「責任無能力者の監督義務者等の責任」から、配偶者である妻を監督義務者に該当すると判断したものでした。
 
さらに配偶者には二分の一の法定相続分があることから、認知症の夫をもつ妻には、その加害行為によって生じた損害を支払うことも可能という考え方です。
 
一方、家長たる長男においては、監督義務者に該当すると判断した地裁に対し、高裁では成年後見の申立てがされれば成年後見人に選任される可能性が大きかったと推認されるものの、長男については後見人ではなかったことから、監督義務者としての責任を免除されています。この考え方からいえば成年後見人に選任されていたならば、妻である配偶者同様、認知症になった家族の監督義務を負うことを示唆するものです。
 
では、今回の相談に引きつけて、特養を含めた老人ホームに入所している高齢者の配偶者や、他の家族の責任についてはどうなるのでしょうか。
 
今回、紹介しました鉄道事件の判決から類推すると、配偶者以外の家族(息子や娘)は、成年後見人に選任されていないとするなら、身上監護上の義務はなく、民法の扶養義務規定からも、年老いた親を成人になった子が看る義務は最低限のものでありますから、老親を看る責任はほとんどないことになります。となりますと、親を老人ホーム等に入所させている場合には、介護が必要である老親と施設の母体である法人との契約ですので、何か施設内で介護事故等が発生した場合であっても、利用者と法人の理事長(営利法人であれば代表者)との関係に基づく請求なり賠償であって、過度なクレームや苦情を利用者の家族が申し出ることこそ、そもそもお門違い、という考え方になります。さらに、入所している利用者の配偶者である場合、今回の高裁判決に従えば、夫婦間において配偶者の一方が老齢、疾病または認知症のような精神疾患により自立した生活を送ることができなくなった場合においても、生活全般に対して配慮し、介護し監督する身上監護を含めた協力扶助義務を配偶者は負うことになりますから、高齢者の老人ホームへの入所は、配偶者が存在しない場合もしくは配偶者がいたとしても例外中の例外的な現象になるわけです。くわえて配偶者には二分の一の法定相続分の権利も有しているわけですから。
この場合であれば、配偶者が本来義務として行うべき他方の配偶者の介護を、老人ホームに託しているという形をとりますから、老人ホームに入所していない配偶者からの施設へのクレームや苦情も、これまたお門違い、ということになります。
 
介護保険法上の介護サービス利用契約に基づき権利である、という考え方もできますが、費用のほとんどを税金と皆から集めた保険料で賄っているこの制度の、サービスを受ける権利性など、あってないようなものです。
 
ここまで話を整理しましても、介護現場で日々起こっている介護事故やクレーム・苦情に対して、より有効的な回答は導けません。クレーマーな家族に法律論で話をしたところで、火に油を注ぐだけでしょうから。民法で規定する夫婦間の協力扶助義務や家族責任、または今回紹介をした判決が間違っているのか、はたまた親を施設に預けておいて、過度なクレームや苦情を申し立ててくる家族の方が間違っているのか…、今後ますます増加することが予想されるクレームや苦情について、介護現場は介護現場での対応を図っていく必要があるでしょう。これまでのリスクヘッジの考え方では通用しません。リスクが発生する背景や環境が、過去のものとは異なるからです。人材難や報酬改定で厳しさが増す介護現場ですが、この10年間があなたにとっての勝負の時です。この10年を乗り切りさえすれば、そのための工夫や自己研鑚を怠らなければ、次のステージに移った介護現場をリードできるのは、そうあなたです。
 
この連載も、これが最後となりました。5年間、質問を投げかけて下さいました皆様、そして読み続けて頂きました皆様、ありがとうございました。
 
10年後、この介護業界がどうなっているのか。またその時にお会いしましょう。皆様への感謝の想いを込めて。

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