事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q21. 特別養護老人ホームで副施設長を仰せつかっている者です。烏野先生の連載は、いつも楽しみに読ませて頂いておりますし、その月の法人内研修はいつも先生の連載テーマを活用させて頂いております。
さて、日々の業務を振り返ってみると、最近特に利用者や家族からのクレームが多く、転倒などの事故がある度に家族はこれ見よがしに「どうしてくれるんだ…!!」とものすごい剣幕で迫ってこられます。
骨折で入院をした場合など、「治療費はすべて施設が負担し、退院してからの入所にかかる費用は本人が死ぬまで施設の負担…!!」とおっしゃる家族の方など…。このような状況ですから、介護スタッフも転倒・転落や誤嚥の恐れのあるリスキーなお年寄りなどの担当をできれば避けたいという思いが強く、また管理者である我々も利用者になるであろう方の家族をよく見て、クレーマーになりそうな家族は初めからサービスを断ろうか…、と思ってしまう衝動に駆られております。
これまでの連載の中でも利用者さんに対してどのような責任があるのかについては理解しましたが、具体的に「施設の責任」と「スタッフの責任」について教えて頂ければと思い、お手紙をしたためました。

A21. いつもは生活相談員や施設ケアマネ、介護スタッフからのメールを整理し、そのひと月間でもっとも多いご相談に応えるというやり方で一年以上、連載を続けてまいりました。この度は、ご丁寧なお手紙を頂戴しました関係で、先回お約束をしていた「どうやって介護現場で残業を管理すればいいのか…?」についてのお話しは次回にしたいと思っております。ごめんなさい。

そうですね。私の方にも、一日1?2件のペースで「施設内で転倒(誤嚥)させてしまい、家族が法的な解決も考えていると言われているのですが…」という非常に切迫した質問があります。

また、「これ見よがしに…」事故にかこつけて利用料の支払いを渋る家族や、私の経験でも、一度弁護士を入れたり、提訴したものの和解で解決を図った家族は、また違う施設で同じようなトラブルで裁判を起こして多額の金銭を要求するケースもあります。「味をしめた」とでもいいましょうか。

最近、介護報酬の不正請求事件で指定の廃止をめぐる報道が多くありますが、「介護を喰いモノにする」事業所の増加によって、利用者や家族の権利を守らないといけないと思う一方で、些細なことで無理難題をふっかけてくる家族の横暴にも、落とし所を見つけられないまま介護事業所を責め立てても、最後にはクレーマー自身が自分で自分の首を絞める結果になってしまうのに、と思ってしまう瞬間もあります。

さて、介護事故などの場合において、「介護事業所として、利用者といかなる契約関係にあり、何を約束として守らなければならないのか…」につきましては、これまでの連載でも触れてきたところですが、もう少し詳しく「法人としての責任」と、「介護スタッフ個人の責任」について、というご質問でしたね。

たしかに、ご相談のように、一度介護事故が起こり裁判にまで発展しそうな時というのは、事故を起こしてしまった当事者である介護スタッフのストレスや不安は相当なものになります。ですがそれ以上に、管理者が対応を一歩間違えると、事故を起こしてしまった介護スタッフが責任を感じ辞表願いを出すなど、それでなくとも人材不足に頭を悩ませる事業所においては、事故そのものよりも人材の流出による被害は計り知れない事態となります。

また介護の仕事とは、介護スタッフ個人の働き方やキャラクターが日常業務に派生しやすい性格を持っていることから、事故が起こった場合など「自分のせいで…」という感覚に陥りやすい傾向もうかがえます。そして、リスクマネジメントという視点を見誤ると事故が起きやすいリスキーな高齢者に対して、「担当したくない…、受け持ちたくない…」という誤った発想に陥る可能性も否定できません。

「法人としての責任」でいうと、現在の介護保険法のもとでは、事業所である法人と利用者との間に利用契約が締結され、提供される介護サービスが対価性のあるものとして位置づけられることから、とりわけ事業所の管理者や介護スタッフである履行補助者の責任がより明確なものになりました。

事業所と利用者との法的関係は、法人と利用者との間で締結されるサービス利用契約に基づく契約関係となります。この場合のサービス利用契約とは、法人と利用者の双方が契約上の債務を負っているということを意味します。事業所は利用者に対して設備の利用やまた居室の使用、そして利用契約の内容に盛込まれた必要な介護サービスを提供する債務を負い、一方の利用者は事業所に対してサービス利用への対価として、介護報酬に基づく利用者負担金などを支払う債務を負うことになります。

そして、実際には事業所のスタッフである介護従事者が、事業所の履行補助者として利用者にサービスを提供することから、事故などが起こった場合、介護スタッフに対する過失の有無が問題となります。

では、次に「介護スタッフ個人の責任」とは、どの程度のものなんでしょうか?介護スタッフは、利用者との間で直接的な契約関係にはなく、サービスを提供する側から見た場合、法人のトップが契約書に名前と印鑑を押し、利用者と契約をする形式をとっています。つまり、社会福祉法人や医療法人等であれば理事長ですし、株式会社であれば代表取締役社長が契約の当事者になります。

ですが、理事長や社長が直接利用者に介護サービスを提供するわけではなく、実際には介護スタッフが理事長や社長の履行補助者という位置づけでサービスを提供することになります。皆さんが行っている日々の業務は、あくまでも理事長や社長の代行的な補助行為と言うことになります。

では、理事長や社長の代わりに働く介護スタッフとは、正社員でなければならないのでしょうか?

代わりに介護を補助するスタッフは、正規(常勤)の職員という意味だけではなく、例えボランティアによる無償の奉仕活動であったとしても責任自体の存否には関係しません。つまりボランティアであったとしても、事業所の正職員に課せられるほどの高い注意義務までは求められないにせよ、「善良なる管理者の注意義務」(略称「善管注意義務」民法第400条)を負うものと考えられます。この場合の注意義務とは、行為者の能力に応じた注意義務ではなく、その行為者の属する職業や社会的地位に応じて期待される一定水準の注意義務を指すと考えられています。

言い換えれば、皆さんがいま持っている資格で仕事をしている以上、「新人でまだキャリアが浅いから…」といった理由で責任が軽くなるというわけではないということです。利用者や家族にとってみれば、男性であろうと女性であろうと、また若かろうとベテランであろうと、皆さんが手渡した名刺の肩書き(ステイタス)で、その業界の専門性や立場を判断するんですからね。

介護スタッフ個人に求められる責任の方が強いように思われるかもしれませんが、たとえ履行補助者である介護スタッフの過失によって事故を招いた場合であったとしても、利用者と介護スタッフとの間には直接的な契約関係にないものですから、個人が契約に基づく債務不履行を問われることはなく、契約当事者である法人トップの責任と考えて下さい。しかし、虐待など明らかに介護スタッフによる過失で事故が起った場合には、不法行為責任により介護スタッフの賠償責任が問われると同時に、職員の監督上の責任者である法人のトップが、使用者責任を負うことになります。

つまり、実際に介護を行う皆さんには、それぞれプロとしての役割と責任が求められますが、皆さんはサービス提供上、契約当事者である法人トップの代わりとして仕事をしているに過ぎず、かりに皆さんに大きく非があるような事故が生じたとしても、皆さんを雇用している法人のトップが、使用者としての全責任を負うという関係になっています。

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Q22. 東海地方で事務主任をしているものです。私もこれまで質問されてきた方と同様、先生の連載が出るたびごとに、その月の法人内研修のテーマに利用させて頂いています。
立場上、法人の介護事務だけでなく、労務管理的な仕事をしております関係で、来年度からの労基法と介護職員の働き方について頭を悩ましております。とくに残業時間についての取り扱いをどうしたものかと思っております。
最近の利用者さんやその家族の方への対応、とくに介護の方法についても口を出される家族の方が多くなっている中、そして日々の介護記録を書く時間の確保などで、介護業務だけではなくそれ以外の業務も加わっている状況にあって、介護スタッフの仕事ぶりには頭が下がる一方、慢性的な残業の実態もあります。
介護現場の中で、残業の管理と注意しなければならない点について、教えていただければと思っています。

A22. 日々の業務、お疲れ様です。そうですよね。介護現場というのは、現場で頑張る介護スタッフだけではなく、事務の方も縁の下の力持ちとして、細かい部分でのそれも目には見えにくい配慮をもって、彼らのモチベーションを上げていくお仕事も担っていますものね。

来年度に向けた介護保険法の改正で確定している事項の一つに、介護事業所における労働法規遵守の徹底が明文化され、さらに事業所指定の欠格要件および取消要件に労働基準法等違反者があげられたことは、大きな改正ポイントの一つと言えます。

これらは、より質の高い介護サービスの提供を図っていくため、介護人材の確保や流出を防ぐ狙いがあろうかと思いますが、ご質問の通り、介護現場は直接的な介助業務だけではなく、高齢者である利用者やその家族とのコミュニケーションも十分に図り、会議やカンファレンス、また各種委員会への参加、そして記録といった多忙を極めた業務内容となっています。

おまけに一般の会社員やサラリーマンのように、朝の9時から夕方の6時までといった勤務ではなく、早出や遅出、そして夜勤といった変則的な業務形態も、業務の多忙さと体調管理や生活リズムとのバランスのとり方から、多忙な勤務という表現だけでは片づけられない実態もあります。

職場の規模という点でみると、社会福祉法人や医療法人などの施設では、従業員の数も多くなるため、ある一定の労務管理がなされていますが、在宅系の小規模で実施している介護事業所等になると、少ない介護スタッフで日々の業務を回しているのが実態であるため、欠員等が出た場合、残されたまた実際に動けるスタッフで対応しなければならない結果、どうしても労働時間や勤務日数という点でオーバーワークが発生しやすい環境にあることも事実でしょう。それに加えて、介護労働の特殊性といいますか、個人のキャラクターが労働に派生しやすく、また高齢者の命にかかわる業務であるようなことから、業務としてのONと業務外であるOFFの切り替えが難しい職種であることも、他の職種との労務管理上の比較がしにくい点であるといえます。

介護スタッフをめぐるこのような労働環境の下で、とくに残業等の労務管理は、指示をする管理者や事務担当者としても非常にストレスのかかるお仕事であることも理解できます。

ですが、だからと言って「介護の仕事は特殊だから…」という理由で、利用者や家族が望まれるニーズに重きをおいた仕事の仕方に比重を置きすぎると、退職を含めた介護人材の流出に歯止めがかからない事態に陥ってしまいます。

平成20年に労働基準監督署が出した年報でも、介護業務を含む社会福祉関係の業務は、全産業と比較して労働基準法等の違反の割合が高いという結果が明らかになっています。たとえば、労働基準法第24条の賃金不払い項目では、全産業3.2%であるのに対して社会福祉施設では5.8%、労働義準法第37条の割増賃金項目では、全産業18%であるのに対し、社会福祉施設では36%となっています。そして全体的な労基法違反の比率でも、全産業68%なのに対し、社会福祉施設では78%という結果になっています。この社会福祉施設には、特養、老健、老人デイサービスセンター、老人短期入所施設、訪問介護事業所等の居宅サービス事業所、グループホーム、有料老人ホーム等のほか保育所や障がい者福祉施設・事業所が含まれています。

また、先ほどの介護保険法の改正の話に戻りますが、「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」の内容をみても、今後、高齢者が地域で自立した生活を営めるよう、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが切れ目なく提供される「地域包括ケアシステム」の実現に向けた取組を進めることを念頭においていることから、単身・重度の要介護者等に対応できるよう、24時間対応の定期巡回・随時対応型サービスや複合型サービスの創設も掲げられています。

これらは、より高齢者や家族のニーズに応えるためのサービスに違いありませんが、一方で、介護スタッフにより変則的な業務を求めることに他なりません。

今回の指定の取り消しにまで言及した労基法の遵守について、介護人材の確保や燃え尽き症候群をはじめとした退職による流出を、労基法規の遵守という仕掛けの中で事業者側に強いるという方向性も理解できることです。

では、どうやって介護現場の中で「残業」を管理していくのか…?

業務という視点から、是非みなさんにお伝えしたいことは、介護スタッフの仕事の内容、範囲、程度をケアプランとの約束事から整理、修正することです。どういうことかといいますと、これまでの連載の中でも繰り返しお伝えしてきました通り、介護スタッフの業務は、民法上の契約であり具体的にはケアプランにもとづいて業務を遂行し、それを記録するという作業が求められます。

つまり、「記録の書き方」とも大きく関係することなんですが、ケアプラン上、何を業務として利用者と約束をしているのか、具体的には施設系のケアプランでは多くみられる記載ですが、「転倒・転落に注意」、「誤嚥に注意」とケアブランの別表2に記載されていて「見守り注意」とした具体的なサービス内容を、「何をもって見守りというのか」の整理を、業務との関係で調整する必要があるということです。

また、直接的な業務に派生する間接的な会議や各種委員会、カンファレンス等の時間を管理するために、議題(テーマ)やその会議で解決しておかなくてはならない最低限のこと、終了する時間を厳守し、そしてどこまでのメンバーに参加を要請し、参加していないスタッフにどう伝達するのか、についての判断を招集する管理者や主担当者が理解し・主導していく必要があります。そうでないと、落としどころの見えないダラダラとした会議や集まりになる危険があり、「利用者さんのため…」や「よりよい介護をするため…」という一見正論に見える大義名分によって、業務における時間の管理がなし崩しになりますから。

残業時間の管理に限定して、労務管理者として注意しておかなければならない点としては、「何が業務にあたり、その業務を遂行するために与えられた労働時間内でどうしてできなかったのか」を上司に説明・報告させることが必要になるでしょうね。

このような作業は、「どこまでの介護をすればいいのか…」、「何がケアプランで約束されていて、どのような介護を実施し、かつ何を記録しておかなければ、仕事をしたということにはならないのか…」を検証することにつながります。

上記のような作業を論議できる施設が、本当の意味での「強い」施設になることだけははっきりと言える点ですね。

ただ、上司や管理者に説明・報告する時間も貴重なものですから、そのための時間を長くとることは本末転倒なことです。上司や管理者は、何を聞き、どこがポイントで、適切な指示を瞬時に言えるように心がけることも、介護スタッフの業務時間を守ることにつながるということは言うまでもありませんが。

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Q23. いつも連載を楽しみにしております。九州にあります特別養護老人ホームに勤務する生活相談員です。来年度から、ケアワーカに対して「記録について徹底するように…!!!」と法人トップから指示を受けました。確かに記録については、烏野先生も研修の中でもその重要性についてよくお話しされていたので、「とうとう来たか…」という思いです。しかし、「どうやって、何を書いていれば大丈夫なのか…?」わかりません。また、年末に併設するデイサービスで、利用者さんの誤嚥による入院があり、ご家族が「事故から一か月程度前の記録とケアプランを見せて欲しい」という訴えもありました。  このようなことから、記録について再度レクチャーを受けたいと思っているのですが…。

A23. いつも連載を楽しみにして頂き、ありがとうございます。私としても非常に嬉しく思っています。

さて、記録について私も、「とうとう来ましたか…!!!」というのが率直なところです。

「何を記録として書けばいいのか…? どこまで記録として残さないといけないのか…? 何を書いてはいけないのか…? そして、みなさんの記録の一体どこがイケナイのか…?」について説明したいと思っています。

「なぜ、介護現場では最近とくに、『記録、記録』といわれるのでしょうか…?」

「来月に監査があるから…」、「神経質な上司がいるから…」という理由ではありません。記録を書くということは、介護業務に携わる皆さんが、利用者さんとの約束を正確に守ったことを証拠として残すという意味があります。もちろん、記録を書く、残すという行為は、利用者さんの生活やニーズを知り、他の機関との連携を図り、介護サービスの連続性や個別性を担保するという役割は確かにあります。ですが、リスクマネジメントという視点からみた場合の「記録」には、介護スタッフの業務が正当なものであったというスタッフ個人を守るという発想が欠かせません。スタッフが守られれば、法人も守られ、その結果として高齢者へのより質の高いサービスが保証できる、というのが私の考えです。

では、何を記録しなければいけないのでしょうか? それは、利用者さんに対して何を約束したのか? に尽きます。皆さんの約束は、ケアプランで計画された「長期目標・短期目標」そして「実施するサービス内容」に根拠があります。つまり、ケアプランで言えば別表の第2表にあたる項目ですね。この目標や、目標を達成するための具体的なサービスを、直接的な業務として遂行するのが皆さんのお仕事になるわけです。

ということは、ケアプランで約束された目標や、その目標を達成させるための具体的な業務(介護)を行い、それを記録として残してはじめて、利用者さんとの「約束を守った」ということになります。

介護事故を含めた危機管理を専門としている私の立場からいえば、法人側が利用者さんやご家族から事故等で訴えられた場合、ほとんどのケースで負けてしまう結果となるのは、ケアプランで約束をした介護の内容を、正確に記録化されていないことで「やっていなかった」と判断されてしまう場合がほとんどだからです。

介護現場で働く皆さんは、実際には非常に真面目に、そして熱心に日々の業務を行っているといえます。では、なぜ、「やっていない」という判断を下されるのでしょうか?

それには理由として二つのことがあげられます。ひとつは、ケアプランで約束をした目標や、その目標を達成するための具体的なサービス内容が、非常に抽象的な表現で設定されていることからくる曖昧さです。

介護事故で最も多い訴えは、「転倒や転落」そして「誤嚥」についてのトラブルです。ほとんどの高齢者に当てはまると思われる「転倒・転落」や「誤嚥」の予測について、実施するサービス内容として確定される表現に、「歩行中や移動時はしっかりと見守る」や、「安全な食事の提供のために見守る」といった文言が頻繁に使われています。しかし、この「見守り」が業務としてどの程度の介助が必要で、どんな行為をもってすれば見守ったといえるのか、についての認識や判断が非常に曖昧なため、「見守り」のための業務を正確に遂行したのかどうか、そしてそれを記録化することにも難しさと戸惑いを覚えてしまうといった点です。

二つ目には、たとえ正確な業務を約束にもとづいて実行したとしても、記録として残されていないと、契約の相手方である高齢者の方に、「やったか、やっていなかったか」を確認することができないという点です。

介護サービスを利用する高齢者のほとんどが、認知症や寝たきりなどで判断能力が著しく低下もしくは減退している人ですから、確認のために過去の業務のことを尋ねても意味がない事は明らかですよね。つまり、介護スタッフである皆さんは、契約の相手方に皆さんの業務の履行を確認できない人との間で約束をしているものですから、皆さん自身にすべての証明責任があるということになるわけです。この証明が「記録」なんです。

最近の誤嚥をめぐる介護事故の裁判事例から記録についてのポイントを見ていきましょう。

これは、介護保険施設において、入所中のパーキンソン病患者が食事として提供された刺身を食し嚥下障害により死亡した事故に対し、老人保健施設を運営している法人に介護保険義務違反があるとして、損害賠償責任が認められた裁判です(水戸地裁平成23年6月16日判決 一部認定・一部棄却[控訴])。

今回の裁判事例では、過去の介護事故裁判で例を見ないほど、介護業務と記録についての詳細な分析を弁護人や裁判所が行っている点に注目してください。アセスメントやケアプラン、そしてサービス担当者会議での議事録から、業務としてどのような介護サービスを提供する必要があり、その必要に対してどのような目標を立て、専門家集団が何に基づいて、その目標を達成するための具体的な介護サービスを提供したのか、またその提供された介護サービスが妥当であったのか、を問うたものだったからです。

亡くなったのは大正7年4月24日生まれの事故当時86歳の男性であり、既往歴にパーキンソン症候群で、長谷川式認知症の結果もかなり悪い高齢者でした。平成16年11月3日に昼食として提供された刺身を誤嚥して窒息し心肺停止状態となり、平成17年3月17日心不全により亡くなられたケースです。主な争点としては、刺身を常食で提供したことについての過失をめぐってです。

以下、介護提供までのプロセスとその決定過程について、説明したいと思います。

平成15年7月10日に要介護3と認定を受けた高齢者は、平成15年8月25日に老人保健施設と介護契約を締結しますが、入所前の利用者ならび家族との打ち合わせでも、男性が食事時にむせることがあるとの指摘を家族が行い、食事について家族は全粥きざみ食の提供を希望したことが、平成15年8月18日づけの医師の書面に残されていました。

結論的には、施設入所から事故発生まで、つまり平成15年9月12日から平成16年9月14日までの一年間にケアプランの見直しを合計5回行っていますが、常食での提供をしながらも、施設サービス計画書にはいずれも「男性について誤嚥機能の低下が見られる。嚥下障害があり食事や水分摂取に時にムセが見られる」など、誤嚥の危険性が高い旨またはそれと同視できるような記載が継続的にありました。

これに対して裁判所の判断は、とくに刺身を常食で提供したことの過失について、まぐろは筋がある場合には咀嚼しづらく噛み切れないこともあるため、嚥下能力が劣る高齢の入所者に提供するのに適した食物とはいい難く、介護職員は利用者の嚥下機能の低下、誤嚥の危険性に照らせば、利用者に対しそのような刺身を提供すれば、誤嚥する危険性が高いことを十分予測し得たと認められる、と判断しました。

また利用者が合計35回争点となった四品(寿司、刺身、うな重、ねぎとろ)を常食で摂取したという事実はあるものの、それは単なる結果論に過ぎないとしたうえで、利用者自身の強い希望があったとしても、安易に本件四品目を常食で提供するとの決定をすべきではなかったとも、裁判所は付け加えています。

そして常食での摂取も可能な場合(時期)も若干あったにもかかわらず、施設サービス計画書の「サービス内容」に「誤嚥に注意した見守り」とのプランを立てたことは、実際の利用者の状態とは異なるものの「職員の注意を喚起するための記載」と施設側は主張しましたが、「…注意喚起のためとはいえ、およそ存在しない症状を記載するとは考えられず、利用者には少なくとも職員の注意喚起が必要な程度には嚥下機能の低下や誤嚥の危険性があったものと認められる」として裁判所は施設側の主張を退けました。

この裁判では、5回のケアプランの見直し、「長期・短期目標」の設定、「サービス内容」を前後のサービス担当者会議の議事録まで引っ張り出して、ケアの妥当性と記録との整合性を明らかにした事例でした。

いかがでしょうか? 「長期・短期目標」や「実施するサービス内容」と、実施する介護行為そして記録の関連性が理解できたかと思われます。つまり、「何を書くのか、どこまで書くのか、今の記録の何がイケナイのか」が分かっていただけましたでしょうか?

最後に、「監査では、記録について何も言われなかったので、自信をもっています」と豪語される法人トップもいらっしゃいますが、それはリスクマネジメントという視点からみると不十分です。なぜなら、監査で求められる記録と、「いくらお金を取るか」という損害賠償で耐えられる記録とは、視点が全く違うということを覚えておいてください。

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Q24. 施設内で事故が起こった際、事故に遭遇したスタッフ当人は、家族の謝罪等には関わらせず、上席の者が謝罪の担当として関わっていました。今後も同じような事故が発生した場合の謝罪については、誰が適任なのでしょうか?

A24. さて、これを書きながらも、まだ具体的な介護報酬の具体的な部分が審議中なものですから、確定の部分に限定してお話ししたいと思います。

「家族介護から社会的介護へ」をスローガンとして謳った介護保険制度が始まってから、はや12年目を迎えようとしています。当初、想定していた介護の未来像にどう近づくことができたのか…。今回の法改正は、「介護サービスの基盤強化」を図るため、大きく6つの柱があると思われます。
 箇条書きで項目だけを列挙します。

①医療と介護の連携強化
・医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが連携した要介護者等への包括的な支援として地域包括ケアを推進。
・日常生活圏域ごとに地域ニーズや課題の把握を踏まえた介護保険事業計画を策定。
・単身、重度の要介護者等に対応できるよう、24時間対応の定期巡回、随時対応サービスや複合型サービスの創設。
・保険者の判断による予防給付と生活支援サービスの総合的な実施体制の構築。
・介護療養病床の廃止期限の猶予。

②介護人材の確保とサービスの質の向上
・介護福祉士や一定の教育を受けた介護職員等によるたんの吸引等の実施。
・介護福祉士の資格取得方法の見直しの延期。
・介護事業所における労働法規の遵守を徹底、事業所指定の欠格要件及び取消要件に労働基準法等違反者を追加。
・公表前の調査実施の義務づけ廃止など介護サービス情報公表制度の見直し。

③高齢者の住まいの整備
・有料老人ホーム等における前払金の返還に関する利用者保護規定を追加。

④認知症対策
・市民後見人の育成及び活用など、市町村における高齢者の権利擁護を推進。
・市町村の介護保険事業計画において地域の実情に応じた認知症支援策を盛り込む。

⑤保険者による主体的な取り組み
・介護保険事業計画と医療サービス、住まいに関する計画との調和。
・地域密着型サービスについて、公募、選考による指定を可能とする。

⑥保険料の上昇緩和
・各都道府県の財政安定化基金を取り崩し、介護保険料の軽減等に活用。

法律の名称「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」とありますように、基盤の抜本的整備というよりも基盤強化であるため、大きくは2005年の大改正を踏襲するスタイルで、より介護度の軽い高齢者に向けた在宅介護領域の強化を目的としたものです。よって、社会保険制度が孕む制度的な課題や矛盾を引きずったままの小さな変更・修正であると考えてください。

この10年以上にわたる介護保険法改正の効果測定的総括については、そのことを直接論じる紙面的な余裕がないので、今回は2012年度改正に限定した法改正の特徴と、高齢者施設に勤務する皆さんに限らず在宅サービスを併設している特別養護老人ホームが多いと思いますから、働く者の視点に立った解説を行っていきたいと思います。

介護スタッフの働き方の視点から今回の法改正を見ると、 ①「医療と介護の連携強化」、②「介護人材の確保とサービスの質の向上」があげられるでしょう。

「医療と介護の連携強化」の分野では、具体的には2つの新しいサービスが登場します。一つは、訪問介護と訪問看護の両サービスを24時間体制でサービスを提供する「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」の創設です。2つ目には、地域密着型サービスとして2005年改正で登場した小規模多機能型居宅介護と訪問看護等の複数の在宅サービスとを組み合わせ、より医療依存度の高い高齢者を支援するための「複合型介護サービス」も新設されることが決まりました。

次に、高齢者施設のスタッフにとっては一番の改正点と思われますが、これまでたんの吸引や経管栄養等の医療行為は、医師の指示のもと医療関係者でしかできなかった行為を、介護福祉士やある一定の教育を受けた介護職員等に上記の医療行為を行わせるというものや、従来、介護福祉士の多くが専門学校や短大等で国家試験の受験をせずに発行されてきた資格制度を、看護師教育と同様にすべての者に国家試験化するスタイルを延期したこと、そして働く環境という点では、介護事業所において労働法規の遵守を徹底し、事業所指定の欠格要件や指定取り消しに労働基準法等違反者を追加したことなどがあげられます。

このような改正点から予測できる働き方の課題として、医療と介護の連携等については、今後ますます医療依存度の高い要介護高齢者の出現によって、今回の改正項目にあるような地域包括ケア的な視点は欠かせないものとなることが予測されます。しかし、訪問介護や訪問看護による24時間対応型の定期巡回・随時対応サービス等をめぐっては、都心部であればともかくとしても、郡部での展開がヘルパーや看護師といった人材の確保という点から現実的であるかどうかという問題があります。たしかにニーズはあるものの、今でさえヘルパーや特に看護師の人材確保が難しい現状にあって、24時間体制での変則勤務を一方では強いることになるとすると、残業などの超過勤務の問題や、また賃金の点で不安が隠せない状況が考えられます。

また、介護事業所における労働法規遵守の徹底が明文化され、さらに事業所指定の欠格要件および取消要件に労働基準法等違反者があげられたことは、改正点の中でも大きく評価できると思われます。

これらは、より質の高い介護サービスの提供を図っていくため、介護人材の確保や流出を防ぐ狙いがあると考えられるからです。

その他、介護保険法の改正にともなって、他法にも若干の改正がありました。

有料老人ホーム等の利用者保護という観点からは、有料老人ホームの設置者は、家賃・敷金およびその他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として、受領する費用を除くほか、権利金等を受け取ることができず、また入居者からの前払い金を受領する場合においては、入居後の一定期間内に利用者が契約を解除したり、死亡してしまった場合には、受け取った前払い金から一部を除いた金額を返還する旨の契約を利用者と締結しなければならない趣旨が、老人福祉法の中に盛り込まれました。

また、今後急増すると思われる認知症高齢者の対応として、市町村は後見や補佐および補助の業務を適正に行うことができる人材の養成を、積極的に行わなければならない事もつけ加えられました。

  冒頭でも触れたところでもありますが、2012年度の介護保険法改正は在宅介護サービスの基盤強化という性格が主であり、抜本的改革までには到るものではありません。介護保険の利用が急増するなか、現在の保険料が全国平均月額4160円であるところ、2012年度からは平均5000円以上をゆうに突破すると試算されているなか、介護保険制度における財源上の課題はそのままにした状態での改革ということです。さらに、財源の問題だけではなく、介護スタッフの人材確保をめぐる問題もまだ検討課題として残っています。

介護現場でいま以上の人材難が続いた場合、必ず介護サービスの質の低下が起こり、異議や苦情を言うことができない認知症の高齢者や、判断能力が低下した高齢者が最も不利益を被ることが予想されます。

今回の介護保険法の改正で謳われた「介護サービスの基盤強化」の鍵は、介護スタッフの量的・質的バージョンアップと、事業所による労務管理を中心とした法令遵守にかかっていると思われますね。

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Q25. 関東で施設長を仰せつかっている者です。最近の連載を読ませていただきながらも感じることですが、介護職員の働き方についての質問が多くなっているようですね。私の施設でも、いまに始まったわけではないのですが、精神的にしんどいスタッフが非常に多くなっています。「どうやって働いてもらうか…」というよりもむしろ、「ちゃんと今日も出勤できるだろうか…」という鬱傾向にあるスタッフについての管理が難しくなっています。
4月から入ってくる新入社員の研修のために2月からアルバイトのような形態で研修期間を設けながら、来年度からの業務に慣れてもらおうとしているのですが、今の段階でも「鬱症状ではないのか…?」と感じるスタッフ予備軍も複数いる状況です。
法人から本人に対して内定を出し、健康診断書の提出は入職までにということなんですが、後日提出された健康診断で新たに鬱や精神疾患などの疑いがあるような場合、どうすればいいんでしょうか?
烏野先生、教えてください。

A25. そうですか。施設長としてのお悩み、お察しいたします。「どうやって業務としての介護労働を遂行してもらうか」よりも、「ちゃんと出社し休まず、仕事をさせるのか…」。人員配置上の問題もあろうかと思いますし、また勤務のローテーションの関係もあろうかと思います。

これまでもそういった傾向はありましたが、介護スタッフのメンタル面について、彼らはそれほど屈強ではない、と私個人も思っています。とくに男性スタッフの方が…。  介護労働に求められる特徴としましても、「優しさ」や「笑顔」、「思いやり」といった感情面が、採用段階で基礎学力よりも重視されてきた傾向は否めないところだと思っています。

私も介護スタッフを養成する教育機関で勤務しているわけですが、入学試験のための面接で「どうして介護を…」と尋ねた際、「ありがとう、と言ってもらえる仕事だから…」「お年寄りや子どもが好きだから…」といった返答が非常に多く、自らの癒しを高齢者や子どもに求めているのか…、と思いたくなるシーンもままありました。しかし、実際の現場では「ありがとう」どころか、罵声やまた暴力を振るわれるシーンも多くありますし、またスタッフ同士の人間関係も、チームによる協力体制が求められますから、コミュニケーションを含めた「愛される方法や、可愛がってもらえる術」を学んでおく必要があります。

また、昨今の法改正や利用者を含めた家族関係からいっても、介護スタッフ個々に説明責任やコミュニケーション能力が必要とされます。ですから、ご質問にありますように、これらが習得できない介護スタッフにとっては、鬱症状や精神のバランスを崩す可能性が非常に高くなるわけです。

ご質問のコメントに戻ります。

まず、採用予定者に対する健康診断の実施、診断書の提出は、労働安全衛生法で定められています。介護スタッフの健康状態を把握し、個々に応じた配属を行う上でも管理者側が知っておくべき情報だと思われます。

具体的には、身体的、精神的な過去の病歴といった既往歴の項目、過去の業務歴の項目、身長、体重、視力、聴力、胸部エックス線検査、血圧、採血、尿検査や心電図検査、そして自覚症状についても必要な項目として考えられます。

ですが、鬱症状などについては、上記の項目での数値的なものからは判断できないものですから、「採用してから、あとで困った…」という場面に遭遇するわけです。

過去の裁判事例や労務管理上のガイドラインについても、鬱症状の社員に対する明確な対処の仕方は確立されていません。ましてや、一般職種とは違い介護スタッフの場合に関しては、利用者への個々の介助が業務になるわけですから、密室性が高くかつ利用者の判断能力も低下しており発言ができない、となると業務に大きく支障が出るだけではなく、業務上の監督に死角が生じ、なんらかの問題が発覚した場合には取り返しがつかない事態にまで発展していることが考えられます。

今回のご質問で、難しいと思った点は、「内定を出している」という点です。「内定」とは、法人側がその人を欲しいとプロポーズし、プロポーズをされた労働者側が「はい、お願いします」と承諾をした関係のことを指します。それに引き替え内定の前に出す「内々定」というのもあり、法人が採用を予定しているだけのレベルという手続き上の段階も、今後の採用場面で活用に値するかもしれません。

ですが、それでなくとも人の確保に四苦八苦しておられる介護現場で、有名ブランドの企業のように募集に人が殺到し、内々定からスタートさせるような事業所はまず少ないと思います。そして、内定を出す、出さないに関係なく、精神疾患を含めた鬱症状のような場合には、入職時の健康診断レベルではわからないものですし、また面接などでも「明らかに異常…」というような場合でなければ、「個性的なだけ…」「育てるのが福祉や介護…」と思い、採用する側は「これからのあなたに期待する」という姿勢で臨むものですから、面接でも精神面まではわかりません。

また最近の面接では、面接を受ける者にとって不利となることは言わなくてもいい、答えなくてもいい、尋ねられなければあえて話す必要はない、という風潮もあるものですから、「聞かれなかったので言いませんでした」的な主張も正当になるわけです。そうなると、面接をする側は、そのあたりのこともしっかりと聞いておく必要がありますが、一方で病状等の質問がプライバシーの侵害にあたるのではないか、という思いから、実りのある面接にまで到達できないことも考えられます。

これらを回避するためには、まず面接の段階で、身体面・精神面ともに過去の病歴について尋ねることは正当な質問です。また、転職等の回数が多く、また一部に空白の期間があるような場合についても、その理由を聞くことも許されます。そして内々定を出したうえで健康診断を実施し、法人側として健康診断の結果のいかんによっては再検査をお願いする場合もあること、そして検査結果によって採用の可否を判断すること、の説明を法人側が行えば問題にはなりません。もちろん再検査や、検査結果による不採用の場合には、その理由を労働者側に正確に伝えることは言うまでもありません。私が多く接したこれまでの介護スタッフは、みな素直で、笑顔が良く、そして自己犠牲の精神に富んでいる若者がほとんどでした。ですが、その一方で自らを隠す(言わなくてもいいこと)術に慣れていない職員も多かったような気がします。

ある法人の新入社員歓迎会で、当然のことながらアルコールで場が和み、打ち解けあえる環境作りには成功したのですが、最後に新入社員から歓迎へのお礼ということで、新入社員一人ひとりにマイクが回されたわけです。お酒で頬をほんのり紅色に染めながら「僕は、ここに来るまでの間、鬱病で仕事を転々としてきたのですが、皆さんに助けてもらいながら頑張れるような気がしてきました…」と笑顔と感動の涙でむせぶ横で、「そんなこと、聞いてない…」と言わんばかりの法人トップの横顔を見ながらも、4年以上に渡り勤務し続け、いまでは介護長として頑張っている彼の姿を見ると、法人のマネジメント能力と包容力に人材の養成がかかっているんだと痛感した出来事でもありました。

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Q26. 先日かかってきた千葉県の特養に勤務する相談員からの電話の内容を紹介したいと思います。
高速道路を走って大学からの帰途の途中に携帯が鳴りました。着信の番号は誰か分かりません。ハンドフリーなのでそのまま電話を受けると、「先生、もう最期かもしれませんが、アドバイスを下さい」という叫び声に似た若い男性の声だったものですから、そのまま車を横に寄せてメモ用紙とボールペンをダッシュボードから引っ張り出しました。
「申し訳ない。どちら様ですか…?」
「千葉県の特養で生活相談員をしている者ですが、いま、大きな地震があって施設長がすぐに先生に連絡を…」との内容でした。
すぐさま、カーラジオに切り替えると、千葉県と茨城県で震度5強の地震のニュースです。
「―5強…」。一年前の悪夢が脳裏をかすめます。
「―まず…」と、今回の調査研究事業で知り得た対応策を、と話す前に、ハザードマップでの位置関係、一年前の時の状況だけを矢継ぎ早に聞き、次に今できることと、これから起こるだろうことを早口でまくしたてていました。
 ふっと「―原発が…」と思いながらも、非常事態の備えを伝えた瞬間、携帯電話が切れてしまったわけです。

A26. 必要最小限の会話で指示を出しましたが、その5分後に今度は少し落ち着いた口調で彼から電話があり、話しをすることができました。
その日の夕方にも、三陸沖を震源とするマグニチュード6.8の地震があり、北海道・釧路町、青森・八戸市などで震度4を観測。岩手県と青森県、北海道の太平洋沿岸に津波注意報が出されていましたから、非常時体制を敷く必要があります。

この連載記事が載るころには、皆さんのところにも、全国老施協から震災調査の「報告書」と、すべての介護職員が手にできる別冊のマニュアルが手元に届いていると思われます。その中でも若干触れましたが、地震、津波、土砂、放射能といった災害種別ごとのマニュアルよりも、すべての大災害に共通する電気、水道、ガス、通信といったインフラのダメージ度から、災害時のリスクヘッジを図る方が有効です。インフラの崩壊度を視野に入れ、地震発生直後から実際の避難までの間に、誰が何を準備し、どう伝えるのか、という流れでの訓練が必要になってきます。

皆さんに質問です。何回かに分けて掲載したいと思いますが、いま皆さんの携帯電話から、「緊急地震速報」のアラームが鳴り響いたと仮定します。大きな揺れがくるまで5秒としましょう。そのとき、皆さんは何を、どう判断しますか…? 
以下に、地震発生から避難までをシミュレーションしてみましょう。

[前提]
□現在時刻:2012年5月1日(火)午前10:30
□天候  :快晴(気温は、10℃)
□利用者数:特養90名、ショート20名、デイ利用者30名の合計140名
□勤務中の職員数:特養とショートで45名、デイサービスセンター11名のはずであるが、詳細は不明

[緊急地震速報が発令されました]
現在、5月1日(火)の午前10:30です。テレビをつけていると「緊急地震速報」の表示が流れました。テレビ局によっては、ニュースキャスターの安全確保を促す報道に切り替えているところもあるようです。職員数名の個人携帯電話からも「緊急地震速報」のブザーが流れています。速報が発表されてから、強い揺れが到達するまでの時間は5秒から10秒と言われています。仮に揺れが到達するまでの時間が30秒とした場合、その間どのような対応をすべきか項目を洗い出して下さい。

■まず、携帯電話等で「緊急地震速報」のあの独特なブザーが鳴るということは、震度5弱以上の地震がすぐに来るということを意味しています。震度5弱というのは、体感的にはほとんどの人が恐怖を覚え、何か物につかまりたいと感じ、物理的には食器類や本棚の本が飛び出し、屋外では電柱や大きな建物が揺れているのがはっきりとわかる大きさを指します。高齢者施設であれば、すぐさま火元の確認と消火設備のことを考える必要があります。とくに厨房等からの失火に備えて、まだ内線電話等は使えると思いますから厨房への連絡をとる必要があります(事前に内線等の連絡をしなくとも厨房やその付近にいるスタッフは火を消すという認識と訓練が必要でしょう)。そして、エレベーターの使用をすぐさま中止するよう職員個々が認識をしておく必要があります。それから地震によって建物に歪みが発生し、ドアや窓が開かなくなります。避難の際にベッドごとまた車いすに乗せた状態での早急な移動が必要となりますから、ドアに関してもそれらが通るだけの空間が必要です。避難経路の確保とは、具体的にこのようなことを指します。

[館内放送で地震直後の対応を指示して下さい]
地震の発生により職員や利用者に不安が広がっています。職員の中には、事前に決められた緊急時の役割を自発的に行っている者もいれば、呆然としている者もいます。恐怖心から館外に避難しようとする利用者もいます。施設として初動対応を指示する必要がありそうです。
館内放送設備は、幸いなことにまだ使用できます。館内放送を使用して誰に何を指示しますか。

■大きな地震の後ですから、揺れがある程度おさまったとしても余震に警戒する必要があります。まず、各フロアに向けて利用者の安否確認とスタッフの状況を確認させてください。報告させるというレベルではなく、まず各フロアの責任者たる者が把握できていれば結構です。あと、前の「緊急地震速報」時にもいえることですが、介護職、医療職、事務職そして法人管理者が、役割を持った動きをしなければなりません。
介護職のスタッフは避難のためのドア等が開かれているのかの確認、それと同時に中庭や敷地内での館外避難に備えた移動のため、車いすへの移乗等の介助を行ってください。しかし、ユニット型の個室が多い施設などでは、すべてのドアの開放や一人ひとりの利用者の車いす等への移乗は思ったより困難で、非常に時間がかかります。個室化が進んでいる施設では、事前に各ユニット毎にそれぞれのスタッフがどういった順で誰から介助に移るのかを確認しておく必要があります。

医療職のスタッフは電気の不通に備えて、電気による医療行為を実施している利用者の確認を急いでください。そして医療キットや医薬品をひとまとめにしてある備蓄用品の場所の確認と、持ち出す必要に備えた動きをしてください。地震によって利用者やスタッフが負傷している場合には、応急手当てが必要なのはいうまでもありません。

事務職のスタッフは、電気、水道、ガス、通信関連のインフラのダメージ度を確認してください。そして、利用者の個人情報を入れたデータをすぐに持ち出せるようにしておくことが必要です。仮に被災施設となり、利用者を他施設で預かってもらう場合には、利用者の氏名、住所、要介護度、既往歴と服薬状況、食事形態、家族との連絡先等の簡単な情報だけで結構ですから、データとして事前に整理をしておいて下さい。受入れ施設の方では非常に助かる情報となるでしょうし、逆に他から利用者の受入れを要請された場合を想定したとしても、上記程度の利用者情報が、利用者へのケアを継続させるためにも非常に有効であることは想像がつくことでしょう。

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Q27. 「『緊急地震速報』が伝えられ、その10秒後にM8クラスの地震が発生しました…。そのとき、高齢者施設では何がリスクであり、どう対処すべきなのか」、といった先月の連載号からの続きです。
先回は、[緊急地震速報が発令されました]という場面設定と、次に[館内放送で地震直後の対応を指示して下さい]といったシミュレーションでの対応すべき方法と、そのリスクについて解説を行いました。 
時間的経過の中で、次に考えられるリスクは、「被害状況(館内・館外)の情報収集」です。それと「食事の提供」でしょうね。
この「地震直後の情報収集の仕方」と「食事提供の方法」に関するリスクとその対応を今回の質問とします。

A27. 先日も、内閣府の検討会が南海トラフ大地震の際に起こる津波の被害について、今回の東日本大地震を念頭においた最悪時のシミュレーション結果が公開されましたし、さらに東京都も首都直下型地震に備えた新しい被害予測を示しました。
南海トラフとは、伊豆半島あたりから九州にかけての太平洋岸沿いに続いている海底が細長く窪んだ地形のことを指しており、これらはすべてフィリピン海プレートという断層上にあるものですから、東海地震、東南海地震、南海地震と、誘発型の三連動地震といって最大級の警戒が必要とされる地震の一つです。
内閣府の試算では、地震の大きさをM8.7からM9.1に修正し、何パターンもの大津波を想定した結果、海岸線沿いに静岡市、浜松市、豊橋市、高知市、尾鷲市、鳥羽市などでは20m以上の津波が予測されました。20mといえば、ビルの6階程の高さとなりますから、平地であれば基本的にはどこにいても助からない恐怖ということになります。
なぜ、この南海トラフの地震が恐怖かというと、首都圏、中部、関西を含むこのエリアは、臨海部の埋立てによって、広大な海抜ゼロm地帯に数百万もの人が住んでいる立地に地震と津波が襲うということを意味しているからです。さらにこの地震の場合、震源地が陸地に近いため、ほんの数分で巨大津波がくるという地形でもあります。

では、質問に対して解説を行っていきます。まず、「地震直後の情報収集の仕方」については、現時点での対応にくわえ、その地域やエリアだけではなく、社会全体がいまどうなっているのかの正確な情報が、次に起こるリスクとその対応を規定するといっても過言ではありません。ですから、テレビやラジオからの情報が最も効果的であると考えられます。ですが、地震や余震の場合、電気が不通となるリスクが最も高いことから、コンセントにつなぐラジオではなく、電池式のラジオで外部の情報を手に入れるしかありません。また、津波等の心配がないエリアであれば、職員や法人の持つ車のエンジンをかけたまま、ドアや窓をすべて開け、カーラジオによる情報を大音量で流し、すべてのスタッフが共有できるようにしなければなりません。このとき、東日本大震災時でもそうでしたが、数日後にはガソリンの不足によるパニックも想定されますが、エンジンをかけたままにしておかないと、バッテリーがあがってしまうことも知っておく必要があります。
ですから、乾電池式のラジオが施設内にいくつ常備され、また乾電池もそれぞれのサイズが異なりますから、備蓄する際に用途と種類を再度確認しておく必要があるでしょう。車も、カーラジオによる情報の入手という利点だけではなく、タバコを吸うためのシガーソケットから電気を引くことも可能です。
東日本大震災時の調査でも、宮城県のある被災施設の職員は、外からの情報が入ってくる数日間、「この地域でこんな被害なのだから、きっと日本全土が同じような被害に襲われ、すべてが壊滅している…」と思ったそうです。今後の首都直下型地震、また三連動地震などでは、主要都市部が壊滅状態になりますから、正確な情報を得られなければ、津波や地震というリスクだけではなく、混乱からくる暴動というリスクも考えておかなければなりません。

  次に「食事提供の方法」についてです。大災害等の有事の際においては、平時の3食から2食程度になることが予想されますので、要介護者へのカロリー摂取等が気になるところではありますが、それよりもまず、地震や余震の影響によって、調理に必要な電気、水道、ガスといったインフラの崩壊によって、「調理ができない」ことが最大のリスクとなってきます。食事を外注している場合であっても、道路の切断やガソリン不足等によって食材そのものの提供が断たれることを想定してください。
そうなると、今の備蓄食の中での対応となりますが、その内容や数量が問題になってきます。「内容」については、乾パンのような備蓄食が一般的ではありますが、水分も不足している状態で要介護者への乾パンは、誤嚥等のリスクがあります。保存期間が若干短くはなるものの、レトルト系食材の備蓄が必要となります。基本的に調理ができない状態での、必要最低限の栄養摂取と考えてください。これまで食事摂取が難しい方向けへの高濃度栄養剤の備蓄があれば、最悪の状態を考えた場合であっても、どなたに対しても提供できるものとなります。また食事の提供にも関係するのですが、水の確保や備蓄については、飲料水の場合おおむね3日~5日分と考えるようにしてください。自衛隊や自治体による水の提供や、援助物資の到着期間との関係から妥当といえます。阪神淡路や新潟中越、また今回の東日本における被災地をみても、被災から一定期間を経ると、ペットボトルの水と紙オムツが大量に余る状況が多くの施設でみられましたから。
次に、備蓄食の「数量」です。「何食分また何日分の備蓄食があれば…?」という質問をよく受けるのですが、まず数で考えると、たとえば特別養護老人ホームで80床とショート20床、そしてデイサービス40定員と仮定します。利用者だけで140名に、職員を入れるとゆうに200名を超える人数です。それに地域で暮らす要介護者が避難してきた場合を考えると…。仮に1食あたりの食事提供が200食で1日2食とした場合でも1日に400食分を準備しなければならないわけです。これが3日続くと、1200食分の食事の準備を、調理ができない環境の中で提供しなければならないわけです。ということは、食材の備蓄だけではなく、食事提供時に当然必要となる紙皿や紙コップ、割り箸といった使い捨ての食器が相当数必要となりますし、ラップ等も今ある皿や器に巻いておけば、ラップを捨てるだけで洗わずに食器を使うことも可能です。では、皆さんの施設では、何mのラップが何本必要なんでしょうか。
また、2階以上の建物である施設の場合、エレベーターが使えないことから、食事の安全な運搬もリスクになってくると思われます。

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Q28. 九州地区の特養で生活相談員をしている者です。介護スタッフの働き方の点で質問をさせて下さい。烏野先生もご存知の通り、介護のスタッフは他の産業と比較をしても圧倒的に女性の職員が多い環境にあります。また職種的にも直接的な身体接触が主である介助業務ですので、セクハラに関する相談が絶えません。
 施設として今後、どのような対策をとっていればいいものでしょうか? 。

A28. ご質問、ありがとうございます。そうですね。介護の現場ではどうしても「性の問題」を避けて通ることができないと予てから思っていました。ご質問の「セクハラの相談」ですが、相談の内容としては二つ考えられます。ひとつは、利用者から介護スタッフがセクハラを受けた場合。もう一つは、職員同士でのセクハラの問題です。
いずれにせよ、過去のセクハラ問題についての対応が、法人や施設として適切であったかどうかも気になるところではありますが、これからの対策についてはコンプライアンス上の問題を含めた対応をしていかなければなりませんね。

まず、セクハラに関する法的な考え方については、男女雇用機会均等法の11条を参考にして下さい。
「第11条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対処するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
この条文からセクハラの構成要件を整理すると、「性的な言動がある」、「労働者が労働条件により不利益を受けている」、「職場として適切に対処するための体制整備」のキーワードがあげられます。
「性的な言動」とは、直接的な性表現を口に出すだとか、身体接触だけではなく、「女らしさ・男らしさ」をことさら強調したり、性別役割分担を押し付けたりすることも含まれます。
「労働者が労働条件により不利益を受けている」とは、地位利用型ともいわれるもので、自分より役職の高い人から性的被害を受けた場合、セクハラを受けた者の対応がきっかけとなって、一般的には女性職員当人が解雇、配置転換、転勤、出向を命じられたり、降格、昇給停止、賃金や賞与の査定が低くなるような場合を意味します。
「職場として適切に対処するための体制整備」とは、労働時間中の職場内という意味だけではなく、勤務時間外での残業時や、新年会・忘年会等の懇親会も当然のことながら含まれますし、体制整備の点では2007年度から事業主のセクハラ対応について、配慮義務から措置義務に強化されました。つまり、形式的なマニュアルや単なる相談窓口の設置だけではなく、実質的な対応の中身が組織的に行われているかが問われることになります。

ですから、法人としての責任という点では、就業規則にセクハラ禁止条項と相談窓口の設置を盛り込むことに加え、事前に対策委員のメンバーなどを決めておくことが望ましいと考えられます。
一般的にセクハラ相談の場合、被害にあったと思われる職員と加害行為をしたと思われる職員との両方から事情を徴収し、事実関係を確認するには非常に時間を要する作業となります。そして長い時間をかけながらも、セクハラのトラブルというものは両者の意見がかなりの食い違いをみせることから、事実関係そのものの確定が非常に難しいのも特徴です。
このように解決までの過程が長期化すると、セクハラを受けた一般的には女性スタッフにとって、かなりの時間、放置された状態になるものですから、職場環境がそのままであるがゆえに鬱症状等を訴えるようなことも考えられ、さらに問題が深刻化するわけです。
そうならないようにするためにも、セクハラを受けたと被害を申し出た職員の配置換えを行い、互いに顔を合わせないようにするなどの配慮を、法人としてとる必要があります。その時、セクハラの被害によって出社することが不可能であると連絡してくる可能性も十分にあるわけですから、施設としての人員配置を頭の中で描きながら、期限を定めた自宅待機、有給休職の選択肢も考えなくてはなりません。「セクハラによって出社できなくなった」と、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や鬱症状の診断書を、いまはいとも簡単に職場に提出する時代でもあるということを踏まえた方がいいでしょう。
どちらにせよ、セクハラ等の相談や申し出があった以上、可能であれば第三者も同席した調査委員会の設置と開催、期限を定めた事情徴収と、事情徴収による結果を当事者それぞれに伝えなければなりません。調査を怠ると、苦情処理義務違反ということで、法人の責任が追求されますので。

ただ、このセクハラに関しては介護現場のみならず、一般の労働市場においても対応は極めて難しいといえます。つまり、受け手側によって、同じ言葉や行為であってもセクハラになる場合とそうはならない場合とがあるということです。例えば男性利用者から卑猥な言葉や、身体を触れるようなケースは多々あることです。セクハラ行為を行った利用者は、概ね認知症であったり、判断能力という点でも低下もしくは減退しているわけですから、対応の仕方としてはうまく言い聞かせるなり、やり過ごすしかありません。被害を受けた介護スタッフが、その度毎にいちいち管理者に相談するようなものなら、「この人は臨機応変に対応できない、仕事のできない人…」というレッテルを張られるでしょう。また、職員同士の場合であったとしても、軽いボディタッチが日頃のコミュニケーションの延長と互いが認識する場合と、それが一方しか認識していない場合とでは、同じ行動であったとしても結果が違ってくることになります。

さらに特別養護老人ホームのような高齢者施設においては、とくに少ない人員で切り盛りする夜勤などを想定すると、異性同士の若い介護職員だけで現場を回し、その場に業務を管理する者もいないという時間や空間が多く生まれることになります。かつ、介助といった互いに協力が必要となる業務をこなすわけですから、セクハラとは次元が異なりますが、職員同士で恋愛関係になることも想像できます。
職場内での職員間の恋愛が比較的大目に見られて許されているところほど、セクハラの相談は多いものです。セクハラ問題がほとんど聞かれない職場環境では、そうならないための対策がすでにあり、またそうした場合にも適切な処分がはっきりと明記されているわけです。
介護現場では、女性の割合が非常に高く、そして男女とも若いケアスタッフによって高齢者の生活が支えられているのが実情です。ですから、職場内でのセクハラ騒動やまた恋愛騒動は、仕事をするうえでのモチベーションを著しく低下させ、噂話をうみ、ひいては個人的事情により職場内での人間関係が崩壊していくものです。

ご質問の最後にありましたように、「-セクハラに関する相談が絶えない…」というのは、組織としてはイエローカードを突きつけられているような現状であるということを認識して下さいね。

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Q29. 中国地方で特養の生活相談員をしている者です。先日の『災害時におけるリスクマネジメントとBCP(事業継続計画)』研修ではお世話になりました。
その研修の中で、烏野先生が「—職員の緊急連絡先を紙媒体で打ち出し、事務所に張り付けておくように…」といったような指示や、「—被災施設、また利用者の受入 れ施設、どちらの場合であったとしても、利用者にとって最低限の個人情報をすぐに取り出せるよう…」といったアドバイスがあったように思います。
今回のような大震災に対する備えだけではなく、個人情報の取り扱いに関しては細心の注意を払っているつもりなのですが、個人情報の管理や保管する場合、どのよう な点に注意をすればいいのでしょうか?

A29. 先日の『災害時におけるリスクマネジメントとBCP(事業継続計画)』研修では、お疲れさまでした。勉強になりましたか? 早速、施設に持ち帰って演習内容を実践していただけたでしょうか? 

まずはじめに、あなたは「個人情報保護」について誤った認識をお持ちのようです。質問のなかに、「—個人情報の管理や保管する…」という表現があったからです。

おそらくあなたは、利用者や家族の「個人情報」を、鍵のついたロッカー等で厳重に保管し、またデジタル化されたデータによる個人情報も、ハードディスクやUSBの取り扱いに関して、厳重に金庫等で…と考えているのかもしれません。

結論から言いましょう。いま、求められている個人情報保護とは、自己情報の請求があった場合に適切にかつ正確に情報が開示できることにつきます。言いかえるならば、利用者や家族といった個人の情報を、いかに厳重に外部に漏らさないようにするか、ということではなく、「なぜ、こんなにも認定が軽いのか…」であるだとか、「どうして、こんなにも保険料が高いのか…」といった自己の情報に関する請求があった場合、速やかにそして適切な情報が開示できるのか、という視点からの発想です。
介護サービスを利用する高齢者にとっての「個人情報保護」について少し整理しましょう。
これまで、介護現場に求められた「利用者の個人情報の保護」についての意味合いは、「プライバシー保護」という発想で理解され、職業倫理的もしくは理念の範囲で語られることが多かったように思います。

2005年度からはじまった個人情報保護法の実施は、これまではそれほど重要視されていなかった利用者である高齢者の「個人情報」の取り扱いについて、注意を促すきっかけにはなったと思われます。

ただ、私たちが一般的に考える、「プライバシー(個人情報)保護」についての考え方と、介護現場のなかで留意しなければならない「プライバシー(個人情報)保護」とは必ずしもイコールではないという認識が必要です。介護サービスを利用する利用者の方は、認知症を患っていたり、また自らの意思を十分に表現できない方が多いのが実情です。そして、自らを守るための情報を取得する手段や、その方法に制限のある方も当然含まれます。

つまり、私たちであれば、プライバシーの侵害があった場合、自己の名誉も含めて 回復するための手段や情報を持ちえています。しかし、皆さんが日々接している高齢 者の場合には、プライバシーの侵害が発生したとしても、それに対抗する能力を持ち 合わせていない分、判断能力が十分にある私たちの場合のプライバシー保護とは意味 合いがまったく異なるということです。

さらに認知症高齢者の場合には、それらの侵害があったことさえ自覚できない人々である場合が往々にしてありますから。

個人情報保護法とは、その特徴を簡単に整理すると、個人情報を収集する際には、利用目的を明確にしなければならず、また目的以外で利用する場合には、本人の同意を得ないといけない、といったような内容です。これらは私たちでも、インターネットでの買い物や、簡単なアンケートに応える際にも末尾によく目にする文言でしょう。


この法律は、本人である個人の権利を定める法律ではなく、法人が守らなければならない義務を定めたものであり、個人情報の“不適切な取り扱い”に対して刑罰を科す仕組みはなく、制限を加える為の罰則法というよりもむしろ、権利意識の向上により利用者を保護するという性格の方が濃厚になったものです。

このような特徴をもつ個人情報保護法ですが、介護現場においては、今後どのよう な展開が求められるのでしょうか。冒頭に結論から入りましたから、繰り返しになりますが、利用者も含めた家族の個人情報を、いかに鍵のついた書棚で情報が漏れないようにするのか、という視点ではなく、「2015年問題」や「2025年問題」と言われるように、消費者として権利主張を行う高齢者の増加に対して、彼らの自己情報の開示請求があった場合、ただちに相手方に記録物も含めた情報を開示できる体制になっているのか…、といった発想が必要になるということです。

つまり、“守り”の姿勢から、“攻め”への対策が迫られていると考えてくださ い。

具体的に、介護サービスの利用という点では、介護サービスを受ける際の条件や、また受けられなかった場合の判断、利用料についての条件等で、「自己の情報を監督機関に請求する」ということが考えられますから。

国は、平成18年4月に改正版として「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」を示し、「大規模災害等で医療機関に多数の傷病者が運び込まれたような場合」や「災害発生時に警察が負傷者の個人情報等を照会する場合」など、本人の同意が確認できないような場合に関しては、個人情報保護法による制限を例外化する方針を提示しています。

また実際に個人情報保護をめぐる裁判事例でも、ホームヘルパー派遣申請に関する実態調査時の記録の開示請求について、開示することで家族間(嫁姑問題)での信頼関係に支障が生ずる場合、開示拒否事由に該当するか否かを争点にしたものもあります。ここでも、情報をいかに外に漏らさないようにするのかではなく、情報開示に関する妥当性について争ったケースでありました(平成14年9月26日東京高等裁判所判決)。

介護現場での高齢者における個人情報とは、各関係機関との連携や調整が図られてこそ、生存そのものまでをも「保護」することができるという視点を忘れないでください。

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Q30. 都内で生活相談員兼施設ケアマネをしている者です。さて、今回はじめて相談をさせて頂くのですが、なんと言っても利用者さんやその家族からのクレームに頭を悩 ませています。クレームそのものと言うよりはむしろ、家族への対応に職員個々が同じような説明をしているにもかかわらず、微妙に伝えているニュアンスが違い、その差異に家族が不審に思う、といった感じです。以前、先生が連載された「記録のポイント」にもありましたが、当施設では、記録を書くこと以前にコミュニケションと言いますか、説明責任の部分に課題があるように思っています。都内という環境なのかもしれませんが、最近とくに権利主張を繰り返される利用者や家族への説明に頭を抱えています。

A30. 生活相談員と施設ケアマネの両方の業務をこなすのは、非常に難しく、また介護スタッフの教育や指導の面でもご苦労させておられる様子が文面から理解できます。日々の業務、本当にお疲れ様です。

そうですね。クレームへの対応については、いろんなレベルがあろうかと思います。
介護事故等のヘビーなものについては、「事故は必ず起きる」を前提に、事故を起こさないための取組みと、事故を起こした後の対応の二点に問題が集約されます。また、些細な要望や希望というレベルのものでは、職員にとってみれば「些細な…」ことのように認識したとしても、当の本人や家族にとってみれば、要望や希望をスタッフが聞いた段階で、「期待」がうまれるわけです。その期待を裏切ったとしても大きなトラブルにはならないのが一般的なのですが、介護事故等のヘビーなトラブルが起こった際、今までの「期待の裏切り」がマグマのように噴出し、事実からみた是非よりも感情的な問題に発展しやすい特徴があります。
そのなかで一番のポイントは、「伝え方」ですね。「記録」も大事なんですが、その前提に「伝え方」つまり、「説明責任・義務の果たし方」についてお話しします。

結論から言いますと、「説明の上手なスタッフは、記録も上手」という事実があります。この説明と言うのは、「おしゃべり」ではなく、あくまでも「説明」です。
一般的に、若手新入社員にとって、この「伝える=説明する」ことを苦手とする傾向は否めません。それは、彼らが能力的に低いからという理由では決してありませ ん。「慣れていない」ということです。原因は、彼らが受けてきた教育や生活環境に原因があろうかと思っています。少子化に伴って、一人の子どもに大勢の大人が関わっているわけです。子どもは、言い訳も含めた自らの欲求を要求するまでもなく、大人が先に準備してしまう環境にあるわけです。また、皆さんが受験したであろう介護福祉士や社会福祉士、またケアマネの試験形態も、五択での選択なわけです。「分からなければ、とにかく2番みたいな…」。
ですから、準備されたものを選ぶことに慣れている彼らですから、説明することを求められた場合、「どこから説明をすればいいのか…」、戸惑ってしまうわけです。

実際の裁判でも、介護職員の説明義務が問われたものがあります。
この裁判は、高齢者施設に併設しているデイサービスを利用していた85歳で要介護2、そしてまったく認知症が無い女性が、午後3時頃送迎のバスを待ってソファーに座っていたところ、念のためトイレを済まそうと前方にあった障がい者用トイレに向かったわけです。それと同時に介護職員は障がい者用トイレの入り口まで利用者を歩行介助したのですが、「自分一人で大丈夫だから」、「ここからはいいから」と利用者から二度強く拒絶されたため、介護職員は持ち場に戻ったわけです。職員は、利用者がトイレから出られたら歩行介助をしようと考え、相手にもそう伝えていたのですが、その後、利用者が障がい者用トイレ内で転倒され、右大腿骨頚部骨折となった事例です(横浜地裁 平成17年3月22日判決 一部認容・一部棄却 確定)。
争われた点は、利用者から強く拒絶されたとしても、職員に障がい者用トイレまで介助する義務があるのか、というものです。
皆さんの事業所でも認知症が全くない方の自己決定と、介護職員の対応について、この事例と同じような葛藤があろうかと思われます。
結果、裁判所は「…介護拒絶の意思が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、…介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして繰り返し説明し、介護を受けるよう繰り返し説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならない。介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性を説明しておらず、介護をうけるように説得もしていないのであるから、歩行介護義務を免れる理由はない」という判断を下し、法人側に7割の過失を言い渡しました。つまり、「繰り返し十分な説明義務を怠った」というのが理由です。

ですが、実際の介護現場で、とくにデイサービスの帰りで最もバタバタとしている時に、認知症のない利用者へ介助を受けた場合に防げるであろうリスクと、介助を受けなかった場合のリスクについて、それも二回以上もの説明責任が存在するものなのかどうか、私も非常に疑問に思っています。とくに、当人に認知症が無いのであれば、完全に自己決定権による自己の判断ですし、かつ排泄という非常にナイーブな行為に対して判断です。現実的に現場レベルの人員体制、業務の流れをみれば、この繰り返しの説明義務という点は、非常に現実的ではないジャッジであると言わざるを得ません。

ですが一方で、高齢者を対象とした過去三年間分ほどの裁判争点を整理すると、遺言関係や証券関係、株の取引きや訪問販売、そして有料老人ホームの高額入居金の解約をめぐるものなど、場面設定は多岐にわたりますが、論点でみるとそのほとんどが「判断能力が低下している高齢者への説明責任」を問うものでした。
つまり、すべての業界でいま、「説明責任」を問われる環境におかれていると考えた方がよさそうです。そういう意味では、介護業界での「説明責任」について、これまで十分に義務を果たせてきたかというと、疑問が残ります。「互いに心で分かり合えている」といったいわば疑似家族のような状況が一方で存在し、また相手が認知症等で判断能力のない方である分、「説明をして理解してもらう」より、「私たちがお世話をしている」という関係が強かったからに他ならないからです。

地域を限定せず、これから様々な難しい家族の出現が予想されるなか、利用者への説明責任はもちろんのこと、より家族への説明義務の果たし方が問われるように思いますね。

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