事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q31. 四国地方で生活相談員をしている者です。先回の連載記事を読ませて頂き、「そうだ、そうだ」と頷きながらも、利用者やご家族に対しての「説明責任」の果たし方以前に、職場の同僚に対する説明の仕方と言いますか、指導の仕方に悩んでいます。先日も、「それって、パワハラだよね…」と業務上の注意(指導)を受けた職員同士が、別の場所で話しているのを小耳にはさみました。こちらとしては、本人のためと思い言葉を選びながら注意をしたつもりでしたが…。
同じ職場で働くスタッフに対して、どのように指導といいますか、注意をすれば真意が通じるものなのか、烏野先生、何かいいアドバイスを下さい。

A31. 「誤解のない注意の仕方、指導の仕方」ということですね。 生活相談員の職にあるあなたにとって、介護職の教育もマンパワーを育てるという意味では大切なお仕事ですね。お疲れ様です。先回の「説明責任」をめぐる連載のところでもお話ししましたが、入社したばかりの若い介護スタッフと、相談者である生活相談員のあなたとでは、おそらく教育のされ方と言いますか、育てられ方、鍛えられ方の環境が大きく異なるんだと思って下さい。

今の若者のコミュニケーションツールと、現場で求めているそれとの違いと同じかも知れません。
私も毎日、20歳そこそこの大学生とコミュニケーションをとらなければならない立場ですが、彼らは自宅内で親とのコミュニケーションでさえ、携帯電話のメールで必要なことを伝えるというくらいですから…。なので、若い部下にとって、上司であるあなたから説明を求められたり、また考えを伝えるよう場を設けられたとしても、「十分に、そして正確に伝える」ことに慣れていないと考えておいて下さい。上席にある者に対しての敬語がなっていないのとよく似ているのかもしれません。考えて敬語を使っていないわけではなく、敬語を使う環境を避けていた、また学校等の教育現場でも教師に対してそこまでの敬語を使わなくても許されてきた環境が長かった、と考えて下さい。ましてや、家庭の中での敬語などは論外と言ったところでしょう。その延長線上に職場が存在するわけです。

話を元に戻します。上席にある者として、必要な注意や指導が、パワハラととらえられてしまうほど、残念なことはありません(本当にパワハラであれば別ですが…)。
よくあるケースとしては、職員がうつ病になり、仕事が続けられなくなりました。その原因は、上司のパワハラにある、といった労務管理上の訴えです。当然、管理者層にある者としては、いまのスタッフに気を配りながら育てるという責務があります。しかし、「相手のことを思って、注意をしたのに、パワハラとは…!」という事態は避けなくてはなりません。

このあたりの微妙なニュアンスは、セクハラと似ているかもしれません。つまり、それを受けた相手側の反応によって、同じ注意や叱責であったとしても、正反対の意味をなすということです。適切な指導や教育と、立場的な上下の関係を利用した威圧との違いについて、厚生労働省が2012年1月にはじめてまとめたものを発表しました。その背景としては、職場内でのいじめや嫌がらせによって、メンタル面で不調になった精神障害の労災認定基準にあるようですが、パワハラの定義を、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と考えているようです。具体的には、
1、身体的な攻撃(暴行・傷害)、
2、精神的な攻撃(脅迫・暴言等)、
3、人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れ・無視)、
4、過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨 害)、
5、過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を 命じることや仕事を与えないこと)、
6、個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)としています。

一方、民法上ではパワハラといった条文はなく、「不法行為」にあたり、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する」ことに属すると解されています。

過去の判例などから、施設としてどのような対応をすべきなのかと言いますと、例えば会議等、皆のいる前である特定の部下を上司が大きな声で叱責するといったことがあり、それがもとで出勤できなくなり退職してしまったような場合、叱責とうつ病との因果関係についても、「まわりの人がいる面前での叱責により、配慮に欠ける行為」という視点から判断しています。

パワハラに関する過去の判例のポイントを整理すると、上司が部下を他の職員の前で叱責したような場合、それもまた他の職員にも聞こえるような大声で怒鳴りつけるような行為等があった場合、不法行為にあたり「配慮に欠ける」と判断される可能性が高いということです。

つまり、叱責することがいけないのではなく、「他の職員の前で、大きな声で叱る」といったような、見せしめ的でかつ感情を露わにしたような言動が、部下に「パワハラを受けた」と思わせてしまうわけです。
ですから業務上のことで、怒っていることを表現するのではなく、怒っていることを冷静に伝えることが必要と言うことです。

少し前の職場環境であれば、指導や職員の育て方でも、多くの職員の前であえて叱りつける、いわゆる見せしめ的な指導の仕方も、叱る相手を選んで、後からフォローするというやり方が効果的であり、またそれが許された社会環境も存在していました。

しかし、いまの労働環境は、今回の相談にありますパワハラだけではなく、セクハラやDV(ドメスティック・バイオレンス)、そしてストーカー等、法律の枠外とされてきた、そもそも人間関係上の「感情」が、当事者間で解決できなくなり、すべてを法律で規定しなければならなくなった「法化社会」の到来によって、「感情」を「感情」としてではなく、「感情」を「伝える」もしくは「説明」する努力と能力が、管理職にある者には必要ということです。

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Q32. いつも、先生の連載を月ごとの施設内研修で利用させて頂いています。
東海地方の特養に勤務する生活相談員です。烏野先生がおっしゃる通り、大災害に備えたリスク分析をしなければならないのですが、日常的に小さな介護事故が多く発生し、「ヒヤリ・ハッと報告書」や「事故報告書」、それへの対応で追われている毎日です。利用者家族からの期待も大きいなか、どうすれば介護事故をなくすことができるんでしょうか?

A32. 「日々の業務、本当にお疲れ様です。皆さんの努力で、高齢者の生活が保たれていることに、深く敬意を表したいと思います。

ご質問の件ですが、「どうすれば、介護事故をなくすことができるのか…」。
その方法はありません。
介護現場では、必ず事故が起こる、と考えて下さい。事故が起こるということを前提に、「起こさないための取組みと」と、「起こしてからの対応のあり方」が重要だ と思って下さい。
くどいようですが、事故は必ず起こるものですから。「介護事故、ゼロ」と、「オムツ、ゼロ」とはわけが違うんです。

介護事故の法的な分析につきましては、過去のご質問で答えておりますから、それを参考にして頂きたいと思いますが、少なくとも事故をなくすという視点からではなく、 「事故にどう向き合うのか」という観点から話しを進めたいと思っています。

最近の高齢者施設で起こった転倒事故の裁判から考えていきましょう。
この事例は、事故当時78歳で、骨粗鬆症、パーキンソン病(重症度分類が4)、高血圧症、神経症、抑うつ状態、めまい、そして軽度の認知症等の既往歴のある高齢者が、早朝に転倒していたと思われる事例です(平成24年3月28日東京地方裁判所一部認容・一部棄却で控訴)。
「早朝に転倒していたと思われる」と言いましたのは、早朝に介護士が車いすで原告をトイレ誘導した際、自力でトイレブース内の手すりを使って車いすから便座まで 移動しての排尿時、「私、転んじゃったの」という利用者の発言から明らかになったものです。

ここで紹介する主な争点は、転倒回避義務違反に係る債務不履行ですが、それよりもその背景に何があるのかを探っていきましょう。

利用者の家族側は転倒の回避義務違反について、
1、転倒しないよう介助することができるよう、職員らが十分に見守りできる場所に原告のベッドを置き、適切に見守りをする義務。
2、排泄介助を工夫する義務。
3、職員が随時応援に入れるような柔軟な勤務体制にする義務。
4、日常的に適切な歩行訓練をする義務。
5、転倒を防ぐため、ベッドの高さの低くする義務。
6、側面に手すりを設置する義務。
7、転倒時の骨折を防ぐために弾力のある床材を使用する義務。
を主張していました。

高齢者施設では、とりわけ「転倒事故」が最も多く発生するものですから、皆さんの施設でもこのようなトラブルがあった際、以上のような点で家族からのクレームに対 応しなければならないということです。
私がとても気になった点としては、上記の5「転倒を防ぐため、ベッドの高さの低くする義務」と、7「転倒時の骨折を防ぐために弾力のある床材を使用する義務」についてです。施設側は、5について「利用者がベッドに座った際、足が床に届く位置に設定し、もっとも立ち上がりやすい高さになっている」と主張しました。
7については、「弾力のある床材にしてしまうと、車椅子での移動やベッドの移動がしづらくなり、利用者にとっても歩きづらく転倒しやすくなってしまう」と抗弁しました。たしかに利用者の歩行を安定させる取り組みとしては、模範的な答えであると思いましたが、介護記録によると、「平成20年6月5日…夜中に転倒したと話す。ポータブルトイレの蓋を取ろうとしてよろけて転ぶとのこと。」、「平成21年1月12日…シルバーカーを引いて後ろ向きに歩いていたら後ろ向きに転倒したとのこと。」、「平成21年4月8日…居室中央で倒れている。
同室者によると、トイレに行こうとしてシルバーカーごと倒れたとのこと。」と、約1年間の記録の中にほぼ毎月2〜3回程度の転倒記録があるわけです。
その表現も、「—のこと」というように、直接の転倒を見たわけではない、聞き取ったような状況が伺えるわけです。

施設内での転倒事故の場合、職員による介助中に転倒させてしまったというよりはむしろ、「いつの間にか転倒していた」というように、転倒から時間が経過した後に転んでいることを発見するようなことは非常に多いと思います。当然のことながら、介護保険法上でも施設であれば3対1の職員人員の配置基準ですから、マンツーマンでの介護ではないので、観察に不十分なところがあるのも致し方ない点です。
また、ひと月の間に何度も同じような転倒を繰り返し、スタッフもそれなりの対応を会議等で確認するものの、決定的な解決策が見当たらないまま、「見守り」を続ける場合もあろうかと思います。

ですが、今回のケースの場合、「利用者がベッドに座った際、足が床に届く位置に設定し、もっとも立ち上がりやすい高さになっている」であるだとか、「弾力のある床材にしてしまうと、車椅子での移動やベッドの移動がしづらくなり、利用者にとっても歩きづらく転倒しやすくなってしまう」という、立ち上がりやすく歩行を容易にするという、一見正論のように見える主張も、一年間を通じて同じような発見できなかった転倒が十数回みられるということは、歩く条件を整えながらも放置しているような環境から、施設側の主張に後付けのような言い訳にしか思えないような抗弁が繰り返されているわけです。

介護事故のリスクを最大限少なくすることは可能です。先ほどの事例のような転倒のおそれのある利用者の場合、部屋の中心に畳を敷き、そこでベッドではなく布団にすれば、完全に立ち上がれないものですから転倒のリスクは極端に減少できます。誤嚥のおそれのある利用者に対しては、胃瘻造設することで誤嚥する危険性は激少します。ですが、それはもう介護ではなくなるわけです。

介護事故のリスクマネジメントとは、事故を完全になくすことではなく、「どこまでのリスクを背負うのか」という視点が必要です。歩行訓練をすれば転倒骨折のリスクはつきまといます。経口摂取することで食事の喜びを与えようとすれば、誤嚥による窒息のリスクはあります。

ではどちらの選択を支持するのか? 完全にリスクを取り去る非人間的な介護と、リスクを抱えながらもそのリスクを前提とした介護と。答えは、法人の理念を再度確認してみて下さい。施設であれば玄関等に大きく掲げてあるはずです。その理念に照らし合わせた場合、どちらの介護を行うのか、迷った時には法人の理念に立ち返って下さい。

もともと高齢者施設に入所されるような要介護者は、リスクの塊のようなものです。そのリスクとどう付き合うのか、どこまでのリスクを良しとするのか、それを職員全員で合意することが、いまできる最大のリスクマネジメントなんですよ。

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Q33.烏野先生、いつも連載を読ませていただきながら、職員研修に利用させて頂いております。
中国地方の特養で事務長をしている者です。
介護現場では、いまでも人材不足で求人の状況もままならない限りです。
ですが一方で、業務の怠慢や不正等があった場合については、退職してもらわなければならない
状況もないわけではありません。
職員に引導を渡すときに注意しなければならない点を教えていただきたいのですが…。

A33. 介護業務だけではなく、人事や経理に関しても解決していかなければならない法人の事務長としてのお仕事、頭が下がる思いです。

そうですね。介護現場ではまだまだ人材が不足している状況です。
そのなかで、優れた人材を呼び入れるとともに、同時に流出も防がなければなりません。

介護や福祉の現場では、人を育てるという意識が非常に強く、人を切るということに慣れていない環境におかれているかもしれません。
また、職員採用の段階で、求職者の「人となり」を面接等でも重要視するきらいがあるものですから、どんなに採用試験や面接を複雑なものにしたところで、法人にとってどれだけの価値がある人材なのかを見分けることは至難の業でしょう。
このような悩みは、一般企業でも同じことが言えます。
かつ介護現場では、モノを作ったり売ったりする作業ではないものですから、製造ノルマや販売ノルマの達成という視点から、昇格も含めて降格や、ひいては解雇をする基準がそもそも設定しにくい職種でもあります。
つまり仕事の成果を、数字で評価しにくい部分は否めません。

ですが、業務上での著しい怠慢や不正があった際には、法人としてのルールに則ったかたちで引導を渡すことも一方では必要になります。
この点を曖昧にしていると、他の職員へのマイナスの影響が増大し、違った意味での労務管理上のトラブルが発生する要素にもなりかねません。
ここで紹介する主な争点は、転倒回避義務違反に係る債務不履行ですが、それよりもその背景に何があるのかを探っていきましょう。

今回は、退職の中でも解雇処分について、法人側リスクヘッジのためのポイントを整理しておきます。
相談の内容にあります「業務の怠慢や不正」というものですが、業務の怠慢に関しては、無断欠勤や出勤不良、そして「ちょっと外出してきます」といってなかなか戻ってこない職場離脱等が考えられます。
そのようなことが度重なり、また上席にある者が注意をしても改まらない場合に、「普通解雇」となるわけです。
くわえて、業務上の能力が欠けている場合や、病気等によって長期入院が必要となり職場への復帰が困難な場合、また職場内での協調性を著しく欠く場合などもこれに該当します。

また「不正」といった場合、「懲戒解雇」にあたるわけですが、一般的には事業所内での盗取、横領、傷害等刑法犯罪に該当するケースや、経歴や資格を詐称して採用されたような場合、正当な理由を告げないまま無断欠勤し出勤の催促にも応じないような場合、そして最近よく耳にするのですが、職員同士での金銭の貸し借りなどで職員に悪影響を及ぼしたような場合などがあげられます。
つまり、法人の就業規則等の職務規律に違反し、著しい非行があった事実を指します。

くわえて、解雇にまでは至らないような場合の職員の取り扱いについても説明したいと思います。 
よく新聞等の報道で「懲戒処分」という言葉を耳にされたことがあろうかと思います。
この懲戒処分というのは、上記の解雇も含めた法人秩序への違反者に対する制裁を意味しています。
公務員の場合には、国家公務員法および地方公務員法によってその規定がありますが、公務員ではない社会福祉法人を含めた私(わたくし)の法人では、就業規則のなかに独自に盛り込まれているものです。
つまり、介護職員に対する罰則等も、就業規則に定められている範囲内で、かつ就業規則に則った手続きを経て処分を言い渡さなければなりません。
一般企業では、9割近い法人で労働者に対する懲戒処分の規定を就業規則に盛り込んでいます。

その種類とは、将来を戒めるのみで始末書等の提出を行わない戒告のような軽いものから、減給、出勤停止、そして最も重い処分が懲戒解雇となります。
先にも触れましたが、これらの処分を行うには、就業規則に内容等が記載されていることが条件となります。

社会福祉法人の場合には、就業規則はあるものの、処罰について違反したとされる具体的な内容まで想定していないところが多いように思われます。
つまり、懲戒処分の種類や程度、処分にあたる具体的な条件についてです。
過去の判例をみても、就業規則に書かれていない懲戒処分は無効という判決が主ですから。

では、法人のリスクヘッジとして、職員の処分に関しどのような対策が必要になるのかといえば、一つに、どのような行為が介護職員として許されない行いであって、その行いをした場合にどのような罰が設けられているのかを、就業規則で明記しておくという点です。
二つ目には、同じ行為に対し同じ処分を下すという平等の取り扱いをするという点です。
同じ行為をした職員に対し、感情的な面から、ある人には重い処分で、ある人には口頭での注意、といったことがないようにしなければなりません。
三つ目として、一つ目と重なるところではありますが、違反行為の種類や程度と、処分との整合性・妥当性が求められます。
過去の判例でも、「処分が重すぎる」といった点で、職員から逆に訴えられたケースもありますから。
四つ目としては、就業規則に則って、適正な手続きで処分までの結論が導き出せているかという点です。
とくに違反を犯した職員からの弁明の機会を設けているかどうかという点です。
当事者からの十分な聞き取りを行っていないうえでの処分は、事実誤認を生じさせるだけではなく、懲戒権の濫用として法人は逆に労働者側から責められることにもつながりかねませんから。
つまりこの点については、単に就業規則に処分のメニューを載せているというだけではなく、厳格な手続きを経てその処分が正当であったことを法人として表明するということを意味しています。
理事長や施設長の意見としてではなく、法人としての判断であることを相手方に示さなければなりません。

社会福祉法人の場合、理事長が絶大な権限を持っていることから、現場をよく知るトップほど、介護に対する理想も高く、そして職員に対する期待も大きいものです。
職員に対する大きな期待は結構なことなんですが、一方でその情熱が、感情に任せて思わず怒鳴ってしまう、という取り返しもつかないリスクの危険性もはらんでいるわけです。
怒鳴られた介護職員が、思い違いをして労働基準監督署に駆け込んだり、また、前回の連載でも書きましたが、怒鳴られた職員がその後出社せず、数日後、うつ病であるとの診断書を持参しながら、「あなたのパワハラでうつ病になった…」と言われるリスクも十分に考えられるわけです。

おまけに、かなり前の連載にも載せましたが、成人になった子どもに何か問題や不利益なことが生ずると、すぐさま急降下爆撃機のごとく親が学校や職場に乗り込んでクレームを言い、また就職試験にも親が付き添い面接会場にまで出向くような、完全に子離れしていない親のことをヘリコプター・ペアレント(通称ヘリペラ)といいますが、彼らが介護職員である自らの子と一緒に、労働基準法や就労規則、一般企業における労務の常識を盾に、施設に乗り込んでくることも考えられるわけです。

職員の昇格よりも降格の方が、管理者として神経を使うのと同じように、人を採用するよりも首を切ることの方がよっぽど難しく、後々のリスクを考えなければならないものですから注意してくださいね。

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Q34.いつもこの連載をコピーし、毎月の施設内研修に使わせていただいております。被災地の東北で副施設長を仰せつかっている者です。からすの先生のブログにも載っておりましたが、先日、津波で流され死亡した女性介護スタッフの家族が、施設を訴えた事件がありました。私の施設でも利用者だけではなく、スタッフも津波の犠牲になりました。今後、遺族から訴えられるような場合を考え、具体的に何を準備しておけばいいんでしょうか? 不安でたまりません。

A34. 被災地での施設運営、お疲れ様です。おそらく、「お疲れ様」という言葉では片づけられないほどのご苦労があったかと思います。亡くなられたご利用者の家族への説明に、無念さと乾くことのない涙があったかと思われます。また、同僚でもある仲間の死を目の当たりにしながらも、残されたスタッフを鼓舞し、よくここまで乗り越えてこられたこと、畏敬の念が堪えません。

東日本の大震災をめぐる遺族からの訴訟状況をみると、小学生や幼稚園の子どもを亡くした保護者が、教育機関である学校法人を相手取って係争中というものが目立ちます。逆に、「—どうしてうちのおじいさんが、デイサービスの帰りに送迎車ごと津波にのみこまれ死んでしまったのか…、送迎ルートに誤りはなかったのか…」といった内容については、苦情として被災地の施設に持ち込まれることはあっても、裁判にまで発展したケースはありませんでした。

今回の裁判は、利用者の家族ではなく、職員の家族からの訴えであることから、「身内同士での争い」という構図になります。個人的には、約2年近くたったいまの時期になってのこの手の裁判…。予想はしていたとはいえ、深刻に受け止めています。

まず、事件の内容を簡単に説明しますと、東日本大震災の津波で入所者や職員ら63人が死亡・行方不明になった宮城県内の高齢者施設で、当時27歳と36歳の女性職員が津波に流され死亡し、遺族である家族7人が、施設を運営する社会福祉法人に対し慰謝料など約1億4300万円の損害賠償を求めたものです。

この裁判での争点は、多岐にわたると思われますが、㈰施設側は、気象庁の発表で施設周辺に大津波が来ることを知りながら、直ちに避難しなかった点。㈪入所者の多くが介護の必要性の高い高齢者であるにも関わらず、避難用の車両等の整備が不十分だった点。㈫防災マニュアルが周知されておらず、津波に対する定期的な訓練を怠っていた点。これらから、施設側の安全配慮義務違反が争われると考えられます。

皆さんの施設が今後、大災害で被災し、利用者や職員が亡くなった場合、その遺族から上記のような点で回答を求められるということです。裁判に持ち込まれるか否かは別として、当然のことながら考えておかなくてはならない項目を、今回の裁判の争点に沿って箇条書きにしてみます。

① 大津波警報が発令されてから、直ちに避難するまでに考えておかなければならない点。
・まず「緊急地震速報」が発令されてから、5〜10秒以内に震度5弱以上の地震が来ることが予想されるが、揺れが治まった後の行動が項目として挙がっているか。
・余震が続いていると思われるが、館内放送等を通じて、誰が、何を、指示するのかが項目として挙がっているか。
・施設内の被害について誰が、何を、どのように確認をするのかの項目が挙がっているか。
・施設外の状況を、ラジオ等も含めて目視によって確認する必要があるが、その役割と範囲は定められているか。
・利用者の安否確認という点で、誰が、どのレベルまでの情報を理解し、どう記録しておくのか。
・職員の安否と、出勤しているが外出しているスタッフの安否確認の方法が確立されているか。
・利用者、職員とも、彼らの家族との連絡方法と手段について考えられているか。
・どのタイミングで、誰が、何を根拠に避難指示を出すのか、法人管理者が不在の場合も考慮した判断基準を明確にしているか。
・避難する場所については、いま設定されている避難場所が適切であるのか。適切であると仮定した場合、避難場所までの距離・方法・時間・障害物等を予測しているか。
・施設の場合、籠城が望ましいが、それが適切ではなく、施設外への避難となった場合、すべての利用者を避難させるのに必要な時間、人員、手段がイメージできているか。

② 要介護者を移送するための車両等の整備
この点に関しては、一般的な高齢者施設であれば避難するための移送車両を独自で所有していることはまずありえないことから、デイやショートの送迎用リフト付車両をどう活用するのかに限定されると思われます。
・大渋滞や道路の破損等の状況を考え、避難場所までの移動に、車両を選択するべき条件が整っているのか。
・車両を選択した場合、避難場所までどれだけの数の利用者を、何台の車両に乗せ、何往復させるのか、それに要する時間が想定できているか。何回かのピストン移送を想定した場合、先に移送すべき利用者の選別はルール化されているか。
・ 移送の際に発生する利用者の状態変化等のリスクを確認しているか。またどの資格をもった職員を、どの利用者の車両に同乗させるのか想定しているか。

③ 防災マニュアルの周知と、津波に対する定期的な訓練
・災害時緊急マニュアル」等は、東日本大震災以降、改定が行われているか。
・2011年3月11日以前とそれ以後とでは、どのような点を改定し、その理由について理解できているか。またその作業や改定されたものをどう職員に周知しているか。
・マニュアル等を周知させる場合のその方法や回数が妥当であるか。
・火災を想定した訓練は消防法上でも義務化されているが、火災のみならず、津波、大豪雨、土砂災害等を想定した訓練になっているか。
・訓練の際、職員が利用者役に代り実施しているケースがあるが、訓練そのものがマンネリ化していないか。
・防災マニュアル等が、実際の行動に移しやすいものに工夫されているか。

訴状によると、2011年3月11日の地震発生直後、園長は職員らに待機を指示。その後、避難する方針に切り替えたが、施設近くの沿岸に津波が到達した午後3時50分ごろまでに避難が間に合わず、2人を含む職員20人と入所者42人が死亡、入所者1人が行方不明ということです。地震が午後2時46分に起こり、津波が来るまでの時間が約1時間程だったことを考え合わせると、この間に上記の確認事項を行動に移し、かつ、しかるべき避難所への避難を完了しておかなければならないわけです。

今回の裁判での争点からみたリスクヘッジのポイントは以上のようでありますが、このようなポイントは、読んで理解するものではなく、実際に行動ができ、行動できるための項目を頭に叩き込んでおく必要があります。

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Q35. いつも連載、楽しみにしております。九州地区で生活相談員をしている者です。連載の記事を毎月の施設内研修で利用させて頂いているのですが、とくに苦情等のリスクについて、相談員や事務レベルの者にとっては、利用者や家族からのクレームの窓口になるため、ここ数年でクレームの内容が以前と比べ、ずいぶん違ってきていることを痛感しています。しかし、現場の介護スタッフにとっては日々の業務をこなすのに精一杯で、今後のリスク等を研修等で話をしても、まるで他人事のような反応が多く、困っています。新入社員も入ってくる時期ですし、利用者や家族に対して今一番何がリスクなのかを教えてください。

A35. 日々のお仕事、本当にお疲れ様です。そうですね、高齢者施設におけるこれからのリスクという意味では、認知症高齢者の急増という視点もありますが、一番は高齢者像が大きく変わる、という発想です。
 
ご質問の中にもありましたが、「-介護スタッフにとっては、日々の業務をこなすのに精一杯で…」という表現を文字通りにとらえるなら、過去の成功・失敗体験や、過去の対応の仕方でベースにした「日々の業務をこなす」程度であれば、これからのリスクには対応できないと思っていてください。
 
つまり、これからの高齢者ケア、なかでも認知症を患う高齢者のケアについては、これまでと同じような対応の仕方に限界が生じてくると思ってください。
 
限界の大きな理由としては、高齢者像の変化があげられます。いま、皆さんがケアをされている高齢者は、おそらく70~100歳程度までの戦争を経験した方だと思われます。この年齢層の方であれば、たとえ認知症であったとしても、恥じらいや、物事の筋論、そして誰かの世話になることを嫌う文化的土壌のある高齢者が多いことでしょう。
 
しかし、これから認知症になるであろう高齢者は、これまでの高齢者とは「質」が異なってくるものと思われます。「質が良い、悪い」という意味ではなく、環境や生まれ育った時代、そしていまの置かれている立場という意味での違いです。

総務省による最近の高齢化率では24.1%と、ほぼ4人に1人が高齢者という実態を表しています。さらに現在、日本人の中で64歳の方(1949年生まれ)が最も人口が多く、次いで65歳、66歳と続きます。つまり、1947年~1949年の間に生まれた方を団塊の世代といい、第一次ベビーブーマーと呼ぶこともあります。高齢社会の危機論が叫ばれて久しいですが、今の問題は75歳以上である後期高齢者の急増に加え、今後、シニア世代と呼ばれていた世代が、一気に高齢者の仲間入りをすることによる変化であると考えてください。

くわえて、60歳以上と年齢を少し下げた場合での割合は、34%にもなり、日本人口の3分の1以上が60歳以上のシニア層で占められていることを物語っています。
さらに、高齢者の中でも認知症を患う者、つまり、日常生活自立度Ⅱ以上の者は、2010年で約280万人、3年後の2015年には345万人で10%を超え、2020年には410万人、2025年には470万人以上の数にのぼるという世界保健機構(WHO)の将来推計も発表されました。

このような高齢者は、一方で資産を有する者でもあります。世帯主が高齢者である世帯の貯蓄現在高は、平均2257万円であり、あくまでも平均値であるため、もっとも多い中央値でみた場合でも、1464万円となっています。これらは貯蓄高だけですから、不動産を含めると数千万単位の資産を持っていることになります。さらに、世界一の長寿国家である我が国の状況を考えても、団塊世代からみた親は80~100歳であり健在な場合も多くみられ、親の資産まであてにできる最後の世代といっても過言ではありません。
つまり、一言でいえばこれまで「保護の対象」であった高齢者が、「消費者としての対象」に移り変わるということです。当然のことながら、文化的背景や価値観そのものが、これまでの高齢者とこれからの高齢者とでは全く異なることを意味しています。

なので、冒頭にも触れましたが、認知症を患った高齢者のみならず、すべての高齢者ケアに対し、「-これまでと同じような対応の仕方に限界が生じている…」ことの意味が分かって頂けたかと思います。
では、「-これまでと同じような介護サービスの提供…」とは、どのようなスタイルの介護だったのでしょうか? 介護保険制度下にあるいまであっても、まだ10年と少ししか経っておらず、それまでは戦後から約50年以上にもわたる措置制度だったわけです。長い間、介護は思いやりや優しさ、笑顔をキーワードに日々のケアができた環境にありました。しかし、2000年度以降、民法上の契約をベースにした介護保険契約がサービスを提供する事業者と利用者との間に結ばれ、提供される介護サービスは、消費契約法上でも、「商品」として位置づけられるようになりました。その商品を購入するのが、消費者として権利意識や人脈、キャリアに長けた、これからの高齢者というわけです。
そうなると、より一層、「介護は心でやるもの」という視点だけではなく、介護にからむ様々な問題についての法的対応策も知識として知っておく必要があります。
 
とくに介護保険制度を利用する場合、保険契約という民法上の手続きが必要となります。つまり、契約を締結できるだけの能力がいるということです。ですが、認知症の高齢者を含め、寝たきりやすべての面で介助を必要とする高齢者には、多くの場合判断能力や意思能力がなく、介護保険法の理念である「-高齢者自らがサービスを選択し、決定する」能力が、すでにない者が介護サービスを利用するという矛盾した関係が横たわっているわけです。
 
このように、法律論的にいえばかなりの矛盾を孕むこの制度を、2000年度から採用し運用しているわけですから、高齢者層の質的量的変化に伴って、さまざまな法律が関係する問題も現場レベルで多く発生しているわけです。
ですから、生活相談員クラスの方は、私法のなかでも一般法である民法領域だけではなく、消費者契約法、労働法、成年後見条項、個人情報保護法、高齢者虐待防止法など、様々な法律が高齢者介護に関係してくることになりますし、また現場の介護スタッフは、変わりゆく高齢者層の急増によって、ニーズが高度化・多様化することを念頭に置いておかなければなりませんね。

Q36. 関東地方で事務主任をしている者です。先回の経営戦略セミナーの講演でも、労務管理や法務管理についてのお話、ありがとうございました。早速、当法人でも新入社員が入ることも考え、勤務時間についてもより仕事がしやすく、そして無理のない労務管理を採ろうと思っています。
ですが、日々、頑張っている介護スタッフの働き方をみても、やはり労働時間が長い傾向にあり、そして残業時間についての考え方も個々にバラバラの状態です。とくに当法人には在宅部門も併設している関係から、訪問介護のヘルパーやデイサービスで働くスタッフ等についても、自宅に持ち帰って記録等の整理をしているようです。さらに当法人は部課長制をとっており、管理職と残業の時間管理も曖昧なままです。
先生、残業や時間外の労働についての時間管理について、ご指導お願いいたします。

A36. 事務主任としての日々の業務、本当にお疲れ様です。残業や、また持ち帰っての業務をめぐる管理については本当に難しいものがあります。皆さんもご存知の通り、昨年の4月から介護保険法が改正され、労働基準法上の著しい違反や不正に関しては、指定取り消しという厳しい処置がなされることとなりました。
実際にこの一年ほどで労働基準監督署の調査が2倍以上に増えているという実態もあります。つい最近も、大手の社会福祉法人に労働基準監督署の調査が入り、職員が打刻するタイムカードだけではなく、パソコンのログインとログアウトの時間で労働時間を算出し、数千万円の残業手当を支払うことになった法人からの相談もありました。
 
以前の連載にも載せましたが、介護労働の特殊性とでも言いましょうか、一所懸命さや想いを「より良い介護」と考えているきらいがあることから、「何を業務とし、またどこまでの介護を行えばいいのか」という点について、管理という事務的処理では割り切れないところがあるのも理解できます。
 
ですが、2000年以降、民法上の契約という考え方をベースとした介護保険制度のレールが敷かれ、矛盾や課題がありながらも、改正に改正を重ねながら生き残っていくであろうこの制度から利益を生み出し、そこから給与をもらっている立場の者として、心優しければ誰にでもできる仕事としてではなく、介護を仕事(やりがいのある)として専門職化するためには、労務管理という考え方から業務時間の管理が必要となってきます。
 
さて、ご質問の件です。よく部課長等の管理職には残業代を支払わなくてもいい、と思われがちですが、この部課長というのは、あくまでも法人内での決まり事であって、労働基準法上での管理職という考え方との整合性を図らなければなりません。しかし、労働基準法上で「管理職」という定義がないものですから、労働局の通達から「管理職」を説明しますと、経営者と共同した立場で仕事をしている、出退社や勤務時間について制限を受けていない、その地位にふさわしい待遇がされている、等の条件を、皆さんの法人での管理者に当てはめ、該当するのであれば、残業代を支払う必要はありません。
 
ですが、ほとんどの施設の場合には、部課長にここまでの権限を与えていないと思われます。となりますと、就業規則や賃金規定等に事前に役職手当や管理職手当を規定しておく、想定される残業代にみなし残業代としての手当てに盛り込んでおく等の手続きが必要となります。つまり、これらの手当てで未払い残業代のリスクを抑えることができます。
 
あと、在宅部門で勤務するヘルパーや、デイサービスで働くスタッフ等の持ち帰っての書類整理や自宅での業務(残業)についてですが、在宅勤務での労働時間管理と同様の構成から考えてみましょう。
在宅の介護事業では、盆暮れ正月や深夜帯に、持ち帰って仕事をしたような場合も、上の問いかけに該当するものと思われます。これらに関して、持ち帰り残業が恒常的に行われているような場合、労働時間として認められるのか否かという点です。
 
労働基準監督署からの調査が急に入る場合もあれば、法人に対して何らかの不満を持つ介護スタッフが、労働基準監督署に飛び込むケースも十分に考えられます。
 
「持ち帰り残業」のイメージについては皆さんすでにお分かりかと思いますが、法人のトップである使用者が承認していない持ち帰りの残業は、労働時間としてカウントされません。ただし、あきらかに通常の労働時間内に終わることができないような、介護現場でいえば請求業務等のような作業に関しては、使用者からの指示や承認がなかったとしても、事実上の黙認があったとして、労働時間としてカウントされることになります。
 
また、その時間内に事故やトラブル等が起きた場合には、労働災害との関係も生ずるおそれがあります。
在宅介護サービスでの労働時間の関係でいうなら、利用者の都合等でヘルパーが業務時間内に終わらず、次の訪問まで少し余裕があるため、ケアプラン上で約束された時間以上に30分ほどヘルパーがその場にいたと仮定します。その際に誤嚥等の事故を起こしたとしたら…。業務外での事故ということになり、いったい誰が責任の当事者となるんでしょうか…?
労働時間の管理とは、これくらいナーバスなものなんです。
また、持ち帰っての仕事となると、メールや小型の記憶媒体等で、大量なデータを容易に持ち運ぶことができる現在の環境下にあって、個人情報の管理や法人内部の機密資料等の漏洩についても、労働時間の管理だけではなく工夫が必要なように思います。

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Q37. からすの先生、いつも連載を楽しみにしております。北海道にある特養で生活相談員をしている者です。4月から新人のケアワーカーが大量に入社するのに伴い、この2〜3月の間、有給(アルバイト)という形で働いてもらっています。施設の仕事に慣れてもらい、また新人の個性を引き出したいという視点から、このような入社前研修を行っています。また、当施設では新人職員の向き不向きに合わせた配属調整の関係から4月からの3か月間、試用期間を設けてもおります。
ですが、この研修期間や試用期間中に、「この職員は絶対にダメ…」といったような場合、簡単に辞めてもらうようなことはできるのでしょうか? 生活指導員という立場上、新人研修のすべてを任されてしまっているものですから。

A37. そうですね。春のこの時期には、初々しい新入社員が入り、日々の業務のなかでも人が入れ替わるというタイミングですので、スタッフ個々が日ごろの業務を再度見直し、新人にどうそれを伝授(?)するのか、が問われますね。ご相談にもありますように、新人研修は非常に大切な行事でもあり、メニューのメリハリから研修での到達度までを図り、「人材」を「人財」にまで育て上げる重要な期間でもあります。

介護の業界では、介護福祉士等の資格を有していない高卒者や、資格を有する専門学校・短大卒業生、そして福祉系の学部ではない四年生大学の卒業生、そして転職等で入ってくる社会人等、一言で新入社員といいましても、個性だけではなくバックボーンも異なる新人を多く迎える時期ですね。

東北地方をはじめ、介護業界はどこも人材不足であると耳にしますから、いい新人を育て上げるだけではなく、辞めてしまうという人の流出も同時に防がなければなりません。生活相談員や研修担当の職員は、新人教育研修だけではなく、働き始めて3年未満の職員、そして中堅管理職研修、ならびに職種別の研修等、職員のモチベーションとスキルアップのために、手を変え品を変えマンネリにならないための研修が必要となります。

しかし、十分な研修を実施しているにもかかわらず、職員の感度や受容レベルがあまりにも低く、「子どもや、年寄りの世話であれば、できるかもしれない」という発想から、福祉や介護の道を選択する社員もいないわけではありません。 研修期間や試用期間中に本採用を見合わせるであるだとか、解雇せざるを得ない状況が生まれた場合の法人のリスクについて整理しようと思います。

ご質問にある、「研修期間や試用期間中の解雇」という点ですが、いくつかのポイントがあります。「人は使ってみなければわからない」とよく言われますが、研修期間や試用期間の前提として、施設側は求職者から履歴書を提出させ、課題レポートや教養試験を行った後、面接をし、審査を経て内定の通知を送り内諾の連絡をもらっているわけです。

とくに、課題レポートや面接等で、法人にとって益となる人材を見つけるための工夫や、仕組みができていたかという点です。「感じが良かった。真面目な雰囲気だった。」という主観も非常に大事であることは、人を扱う仕事である以上よく理解できます。ですが逆に「愛想が悪い。挨拶もできず、だらしなさを感じる」といった、これまた主観で解雇をいいわすことはできないわけです。

では、過去の裁判事例から、試用期間中の解雇に該当するその要件を列挙しますと、睡眠不足や業務中の居眠り等で業務に集中できていないような場合、職員寮等がある場合の門限違反や、遅刻が度重なっている場合、与えられた文章での課題等が未提出だった場合、管理者が繰り返し注意するも、改まらない場合等が代表的なものです。それに対して施設側では、複数回の注意や指導をするものの改善の可能性がないと判断する相当な理由を、複数の管理者で確認できていること、「能力、勤務態度、健康状態等で不適当と認められる場合は解雇を行うこともできる」という文言が、就業規則上に明記されていること、試用期間中の指導や教育が、あらかじめスケジュール化され、効果が期待できると複数の管理者同士で確認がなされていること、などが必要となります。また付け加えて過去の裁判事例では、試用期間中の解雇を言い渡した時期(タイミング)が不適当と判断されたケースもありました。つまり、ご質問にもありましたが「3か月の試用期間」中の2か月ほどで解雇を言い渡すことはできないということです。試用期間満了までの間で評価し判断するという点です。

一般の解雇と、試用期間中の解雇との違いでいうと、労働者による弁明の機会を与えるか否かにあります。一般の解雇の場合には、本人による弁明の機会という点が非常に重要となりますが、試用期間中の解雇の場合には、あくまでも試用期間であるため、改めて弁明の機会を与える必要はない、ということです。ですから、逆に言いますと、本人に弁明の機会を与えていない分、上記にありますような研究内容やスケジュールの妥当性、評価の公平性等が重要になるんです。

実務上のポイントとしては、管理者による教育的指導の内容を、口頭だけではなく指導日誌等で文章化しておく必要があります。あとは、試用期間満了当日に解雇を告げ、一般解雇の場合と同様、30日分の解雇予告手当の支払いを約束しなければなりません。ただ、試用期間中の解雇の要件が、同じ職場の仲間の財布からお金を盗んだであるだとか、飲酒運転等の事実があったような場合等、懲戒解雇要件に該当するようなケースでは、労働基準監督署に除外申請を行ったうえで、30日分の解雇予告手当を支払う必要はありません。

人を育てるという点は、管理者や法人トップに就く方にとって永遠の課題でもあります。東北での被災地調査の際にも耳にした意見でしたが、「頼りにしていた管理者が、家のことが心配だからと言って帰ってしまったかと思えば、日ごろあまりパッとしなかったスタッフが、思わぬ才能を発揮し法人を守ってくれた」とう声でした。平時での「仕事ができる」というスキルや、上司・法人に対する従順度・忠節度と、非常時においてのそれとは必ずしも一致しないものかもしれません。

人を育て上げ、人材を人財にまで高めていくその過程が、法人を強くするプロセスと同じであることは言うまでもありません。

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Q38. からすの先生、いつも連載を楽しみにしております。九州地方の特別養護老人ホームで生活相談員をしている者です。先日、お昼ご飯の最中に、誤嚥の事故が起こりました。幸い、利用者が死亡に到るようなことにはならず、周りのスタッフによる迅速な判断と処置とで事無きを得ました。
ですが、介護スタッフは事故当時、利用者の口にタイミングよく食事を運び、喉を注視しながら飲み込むまでの確認も怠っていませんでした。しかし、むせない誤嚥だったようで、「気づくのが一歩遅ければ…」と思うと、まだ研修中である新人が大量に入社してくる四月以降、不安でいっぱいになります。
とくに、ご家族にも状況だけはお話ししましたが、「二度とこのようなことが起こらないようにして欲しい」と釘を刺され、介護スタッフにもリスクのある利用者への介助に委縮しているようなところも見られます。
介護事故の考え方やとらえ方について、教えて頂きたいのですが。

A38. 生活相談員としての日々の業務、本当にお疲れ様です。介護事故が起こった際の連絡等については、生活相談員の役目だと思いますから、さぞかし家族への対応に気を遣われたと思います。

介護事故については、これまでも具体的な事例を中心に、その争点から皆さんに考えて頂ける素材を提供してきたかと思いますが、今回は、もう少し大きく介護事故そのものについて解説したいと思います。
 
そもそも「介護事故」については、転倒・転落や誤嚥といった現象そのものについてのイメージははっきりとしているものの、介護事故の定義となると、いまだに確立されたものはありません。言葉のニュアンスによるものでもあるのですが、「介護事故」の介護というのが、高齢者のみならず障がい者や子どもに対してのケアまで含みこんでしまうという点や、また「介護事故」の事故という考え方も、医療過誤などと比較した場合、医療過誤のように積極的な行為について誤りがあった、つまり、ある特定の不適切な行為を行ったことによる損害というよりは、むしろ介護事故の場合には、「何もしなかった」ことによる損害の発生が問題になるわけです。「うっかり、目を離したすきに…」という具合です。
 
介護現場で起きる事故というものは、高齢者施設のように彼らに生活の場を提供し、その場の管理を任されている責任の下で発生する点に特徴があるものですから、「気づかなかった」、「誰も見ていなかった」という不作為が、争点になってしまうという性格を持っています。
 
ただ、そうなりますと、介護サービスを利用する段階で、転倒・転落や誤嚥のリスクが非常に大きい高齢者を預かるわけですから、無限大に責任があるように思われるかもしれません。しかし、高齢者自身の責任(過失)を問う裁判事例も少なくはありません。たとえば、59歳の障がい者に対する歩行介助が争点になったケースでは、「(原告は)おそらく少しくらいなら大丈夫との判断に基づいて歩き始めたものと思われるが、結局、本件事故は、判断を誤って介護者なしで歩き始めた原告自身の過失によって生じたものといわざるを得ず…」(東京地裁平成10年7月28日判決)という判決や、また85歳の高齢者が区立の保養所の段差によって転倒し骨折したケースでも、「原告は、高齢者が急いで降りることは危険であることを十分認識していたものと認められる。…原告の側にも、踏み台のある洋室側から降りないで、踏み台のない通路側から急いで降りた点に相当の過失がある。」(東京地裁平成13年5月11日判決)として、原告側に6割の過失を認めたものもあるわけです。
 
ただし、以上のようなケースでは、認知症等がなく、判断能力が十分にある高齢者に対しての過失責任を問うものですが、高齢者施設での利用者の場合、ほとんどが認知症等で判断能力の乏しい利用者が相手となるため、一般的な市民法的感覚が通用しないということになってしまいます。ですから、介護事故の防止と、認知症ケアの充実とは車の両輪のように同時並行での研鑽が必要になるということです。
 
デイサービスやショートステイといった介護保険法上では在宅サービスに位置づけられているようなサービスであっても、要介護高齢者の身柄を預かっている場でのサービス提供中の事故という意味では、責任の重さはさておき、責任の有無については有ると言わざるを得ないのが実情です。過去の裁判事例から判断しても、転倒・転落や誤嚥と死亡との因果関係が明確ではなくとも慰謝料という名目で、損害額が認定されているケースが多くみられます。因果関係が十分に確定されなくても、「預かっていた」というだけで場を提供した施設や法人側に非があると言われれば、預かった側としてはたまったものではありません。
最近の厚生労働省『人口動態統計』からみた「不慮の事故死亡統計」では、誤嚥等の窒息でみると、高齢者施設での窒息死の6倍以上が自宅での窒息死となっていますし、転倒・転落でみると自宅での死亡事故は高齢者施設の約10倍近い数字となっています。ということは、専門職である介護スタッフの努力によってこれらの死亡事故を未然に防いでいる実態も存在するわけです。介護サービス利用時に、家族に対してこのような実態をお話しするかどうかまではともかくとして、高齢となり生物体としての機能が低下してきているような場合、ご相談にもあったように、いくら十分な見守りを実施していたとしても、避けられない現象が発生するわけです。
 
なかでも、高齢者施設で多発する介護事故については、転倒・転落が最も多く、ついで誤嚥となりますが、この二つには明らかな違いがあります。誤嚥事故の場合には、ある意味でall-or-nothing(オールオアナッシング)なところがあり、誤嚥が発生しても蘇生や適切な処置によって回復したとすれば、事故が起こる前の状態に戻れるわけです。さもなくば死亡か。また、食事が喉に詰まった場合の窒息と、食事中に心不全や心筋梗塞等が発症し吐き戻っての窒息とは、過失割合が異なるようにも思います。なので、十分な見守りをし続けていたにもかかわらず、事故を防ぎきれなかったということは起こり得るわけです。しかし、転倒・転落の場合には、最悪死亡に到らなくとも、大腿部の頸部骨折や圧迫骨折の結果、要介護度が上がるなど、より重度化するケースがほとんどなものですから、転倒・転落の恐れのある高齢者には、たえず見守る必要が施設や法人側にはあるということなんです。ですから、ヒヤリ・ハッと等の分析の仕方も、誤嚥事故と転倒・転落事故とでは違った論議が必要ということなんです。
 
以前の連載にも載せましたが、介護事故をゼロにすることは無理です。事故は必ず起こるものと認識してください。そのうえで、どこまでのリスクを負えるのか、どこまでが現在の施設のハード面、またマンパワーで対応できることなのかを、精神論だけではなく考え続ける視点が必要となります。

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Q39. いつも連載、楽しみにしております。関西の特別養護老人ホームで生活相談員をしている者です。勤務して15年目になりますから、介護保険制度がスタートする前の措置の時代から務めていることになります。この10年間程でとくに思うのですが、高齢である利用者からもそうですが、とりわけその家族からのクレームに日々悩まされる数年だったように思われます。先日も転倒事故があったんですが、家族からは「―おばあちゃんのことが心配なので、部屋にカメラをつけたいのですが…」という申し出がありました。ですが、「―おばあちゃんのことが心配…」というよりも、これまでの施設と家族との関係を振り返ると、「―職員が本当にちゃんと介護をしてくれているのか…」というように聞こえてなりません。
施設によっては、カメラを設置している法人もあると聞きますが、今後、転倒などの避けられない事故の事実確認のためにも、この家族が言うようにカメラの設置も積極的に考えた方がいいのでしょうか? 

A39. 日々の業務、本当にお疲れ様です。私も暴対のケースワーカーをしていた時期があったものですから、週初めの朝一番に鳴る電話には恐怖に近いものを感じていたものです。心労をお察しします。そうですね。ご相談の中にもありましたように、介護保険制度が保険契約としてスタートするとともに、介護が商品として位置づけられ、契約の当事者性も高まったいま、無責任な家族からのクレームも以前に増して多くなっています。

これまでも、講演等で介護事業所における「記録」の書き方を、ケアプランとの整合性から整理する作業をお勧めしてきました。つまり、転倒・転落や誤嚥等の介護事故が起きた場合、少しでも法人側の過失を少なくし、より科学的介護の根拠となるのが「記録」である、という発想ですが、カメラ等での録画をもって、犯人捜しをする行為が、次に問題になるのではないかと思っています。最近の報道でも、高齢者施設内での職員による虐待行為を、家族が仕掛けたホームビデオから明らかになった事件もありました。

まず、施設内でのカメラの設置に関しては、プライバシーの問題を考えなくてはなりません。プライバシーの保護とは、いまから50年ほど前の判例で「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」と定義されています。高齢者施設のなかでは「個人情報の保護」と言い換えた方がより適切であるように思います。個人情報保護と高齢者施設との関係につきましては、過去の連載でも災害時の個人情報の取り扱いについて触れましたが、今回のご相談内容は、災害時を含めた緊急時というよりはむしろ平時の監視(チェック)を含めた個人情報の取り扱いについてということになりますね。

過去の裁判事例の中にも、転倒のリスクとカメラ設置における録画保存が間接的な争点になったものも存在します。特別養護老人ホームではなく、介護付き有料老人ホームの入居者が、食事中の誤嚥で亡くなったことに関する開設者の安全配慮義務が問われたケースでした。高齢者の誤嚥事故について、有料老人ホームの法的責任をめぐるケースは、法律雑誌等で公刊されたはじめての裁判事例でした。

判決結果としては、「当該入所者は常食を提供され、時折食事介助を受けることがあったものの、通常は自力で食事をしていた。当該入所者が食事介助を受けたのは、本件事故前の約三ヵ月間で10日程度であり、本件施設の介助職員等が記録していた介護日誌や看護記録を見ても、むせやせきを始めとする嚥下機能の低下をうかがわせる具体的症状が観察されたとの記載は存在しない(平成19年9月19日の介護日誌には、朝食時にむせ込みが見られたとの記載が存在するものの、同日以前の介護日誌や、同日後の同月20日、同月21日の介護日誌を見ても、食事の際にむせ込み等があったことはうかがわれず、上記の同月19日の記載をもって、直ちに嚥下機能の低下を具体的にうかがわせるような症状であると認めることはできない。)」として、誤嚥による窒息が生ずる危険があることを具体的に予見することは困難である、という判断から、遺族側の請求を退けた内容となっています。

この論議の中で、当該施設では、食事の様子を監視できるカメラが設置されていたわけです。しかし、誤嚥事故発生後、食事介助を受けていた10日間分の保存されていた録画が消去されていたことの是非をめぐって、「―介護サービス提供中に発生したすべての事故に関して、録画されたビデオテープを保存する具体的な義務を課した法令等は見当たらない。」という理由から、録画保存義務ついても棄却されたものでした(東京地裁平成22年7月28日棄却確定)。

一般的な個人情報の保護に関しましては、過去の連載でも触れたところでもありますが、生活相談員クラス以上の皆さんにとっては、今後、いくつかの切り口といいますか視点が必要になってくるものと思われます。大きく分けると以下の3つです。①「経済・消費上」のリスク、②「防犯上」のリスク、③「身体保護上」のリスクです。①「経済・消費上」の視点では、消費者であり経済活動を営むことのできる人に対し、個人の情報が漏洩することで、その情報をもって消費を強いられる、つまり詐欺的な騙しの手法からの触手が伸びるというリスクが考えられます。②「防犯上」の視点は、一番分かりやすいところですが、住所や氏名、電話番号が漏れてしまうことで、ストーカー被害にも及びやすい接触や接点を容易にしてしまうというリスクです。③「身体保護上」の視点では、今回の被災地調査でも利用者の個人情報(氏名、住所、要介護度、既往歴、食事形態、家族との連絡先等)の把握の不備が、受入施設にとって利用の生命を左右することにつながるといったリスクがあげられます。

この連載記事をご覧になっている皆さんにとっての個人情報保護の視点からみたリスクは、おもに①「経済・消費上」のリスクと②「防犯上」のリスクに該当するように思われます。ですが、一般的に、高齢者施設で生活をする利用者と、個人情報保護との接点、つまり要介護高齢者にとっての個人情報保護という意味では、③「身体保護上」のリスクに尽きると思われます。ですから、利用者の個人情報を鍵のかかったロッカーにしまい込むのではなく、防災上の保護に加え、自己情報の開示請求があった際に、即座に提出できることが、本当の意味での利用者にとった個人情報保護という観点です。

となりますと、ご質問にあったカメラの設置に関しては、要介護者に対する個人情報保護の考え方に照らしていうと、身体保護上のリスク回避を主にしていることから、説明責任のさらなる工夫や、記録方法・内容の充実によって目的は十分に達せられると思われます。つまり、今回のご相談に限定して言えば、監視や責任追及を目的としたカメラの設置は、必要ないということになりますね。

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Q40. 先生、この時期になってもと言いますか、この時期だからなのかもしれませんが、退職する新人があとをたちません。これまでも、入社から短い期間に退職をする者がいたのも事実なんですが、ここ数年、「辞め方」が大きく変わってきたように思います。先日も、夜勤の時間になっても新人が来ないものですから、緊急連絡網に載せている職員の携帯に電話をしましたが出てはくれません。そうこうしていると、事務所に電報が届き、「退職するのでよろしくお願いします」という一文だけでした。また、その前にも朝、職員が出勤して来ないので、履歴書に記載してあった携帯電話に電話をしますが、まったく違う第三者につながりました。入職時に提出させた「誓約書」の身元保証人に連絡を試みますが、またもや関係のない第三者につながるわけです。その職員は午後から出勤してきましたが、「時間を間違っていました」の一言でした。
どう指導していいものなのか、最近分からなくなります。「科学的介護」を実践していきたいのですが、社会人として、それ以前の問題があるように思えてなりません。

A40. 本当にお疲れ様です。この相談は、関西の特養で頑張っておられる男性副施設長からのメールでした。皆さんの施設のなかでも、この2~3月の間に研修を行い、4月から正式採用。施設によって異なるとは思いますが、4月からの数か月間、試用期間があり社会人としてのイロハを学ばせていると思います。今回のような質問に、同じような思いでいる管理職の方も多いと考えています。

ご相談の中にある「新人」についてですが、学校を出てはじめての社会人というイメージを一般的には持ちますが、介護現場では別の職種からの転職者も同じような新人に位置づけられるでしょうし、また介護職でありながらも職場を転々とし、介護についてはある程度のキャリアはあるものの、職場を変えたために新人という人もいると思います。

すべての新人が、社会人としてのマナーができていないとは思っていませんが、個人的にも名刺交換の際であったり、また頂いたメールの署名を含めた形式などを見る限りでは、「大人としての付き合い方に慣れていない」ことを痛感する場面も多々あります。

質問の内容に戻りましょう。「―どう指導していいものなのか…」のなかに、正当な理由や事前の連絡もなく、遅刻や無断欠勤が重なるようであれば、降格や減給といった処分もやむをえません。一般企業の場合と異なり、介護現場では人員配置基準が介護保険法で規定されていますから、できるスタッフだけで給料も多くという少数精鋭での事業運営は認められていません。表現は雑ですが、ある一定の「頭数」が必要となるわけです。ですから、「やる気のないヤツは辞めてしまえ」とまでは言いたくても言えないわけです。だからといって、しかるべき対応を怠ると、職員全体の士気と法人経営の秩序に関わってくるのもまた事実です。
 
新人であるため、降格はあまり関係のないことかもしれませんが、減給という処分はあり得ます。この減給と降格とは関連性のあるものですから、同じように解説を試みたいと思います。

一般的に降格処分とは、スタッフが就いている職位や職能資格を命令によって下げさせることをいいます。降格とは、人事権の行使としてのものと、懲戒処分としてのそれとがあります。その降格に伴って減給という処分がなされるという考え方です。となりますと、どのような場合・条件の時に降格や減給を行ってもいいのか、またそれがどの程度のものであれば認められ、その処分となる根拠がどこに記載されているのか、という点をクリアしなければなりません。言い換えるなら、社会通念上著しく妥当性を欠く処分であったり、また理事長や施設長の恣意的な職権濫用とならないようにする工夫がいるということです。  

先ほども触れましたように、「降格」には、二つの法的根拠といいますか、考え方があります。一つは「人事権の行使」ということで、業務遂行のため法人が社員の能力、適性に応じた人材の再配置という位置づけのもの。二つ目は「懲戒権の行使」ということで、法人の秩序維持のために発動される社員に対する特別な制裁というものです。

たとえば、社会福祉法人で当てはめてみますと、相談にもありますように無断欠勤や、正当な理由もなく(明らかに嘘と思われるような場合も含む)遅刻を繰り返すような場合、職員間でのセクハラや、利用者家族から職員個人へ禁止されている金品の授受があったような場合、飲酒運転のために免許停止処分を受けたようなケースで、法人として降格・減給の処分を考えていると仮定します。その場合、降格が法人秩序の維持のために必要であったとしても、その処分には就業規則上の規定が必要となります。つまり、就業規則に降格の記載がなければ懲戒的な処分は適切ではないと判断されます。ですが、スタッフの能力や資質に応じた組織内での役割が全うできない、ということから「フロアーやユニット内 での業務に支障をきたす」という理由で、人事権での処分であれば妥当な措置であるということになります。人事権による降格や減給であれば、就業規則の定めがなくても適切であり可能ということです。 

整理しますと、懲戒権による降格や減給は、就業規則の定めがないと無効となりますが、人事権による降格やそれに伴う減給については、就業規則の規定の有無にかかわらず有効ということです。

ただし、人事権の行使であるからといって、就業規則の定めがなくても何でも処分できる、と考えるのは誤りです。人事権を発動させる場合の処分には、「社員である介護スタッフの能力不足や適性のなさを、誰が何をもって判断するのか」、「組織上、業務上、その処分が必要であり、かつ妥当である」ことを、事前に新人研修等で周知し、職場内での統一を図っておく必要があります。具体的には、法人のトップが人事権を持っているわけですから、辞令交付の際に全体としてつけ加えておくだとか、懲戒権の行使については「誓約書」等の文面に追加しておき、書面による確認ができる事務的手続きをしておくことをお勧めします。

そして具体的な減給の程度ですが、降格や減給といった懲罰が目的ではなく、役職に見合った業務を行ってもらえることや、法人組織全体の調和や協力の維持を目指すものでありますから、生活ができなくなるほどの減給は適切ではありません。

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