事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q3. 私の施設では、記録の方法として「毎日のサービス実施」をチェックリストにして「○」「×」式のコメントをする方式を採っています。例えば、「皮膚のかぶれの軽減」に対しては、「○」…清拭しました。「スタッフ同士で日々のコミュニケーションをとっている」に対しては、「○」…申し送りの際に疑問点を聞きました。  このようなチェックリストによる記入方法で、記録の代用になるものなのか、教えてください。

A3. はじめに、「毎日のサービス実施」をチェックリストにして、「○」「×」にする方式は、サービスの質をある一定程度に均一化するためには非常に有効だと思います。
ただし、以下の点に気をつけてください。

そのチェックリストの項目に対して、その項目の存在意味を考えてください。何を目的として、何を裏付けるための項目であるのか、このチェックリスト全体が一体何を意味し、このチェックリストすべてに「○」が入ることで、どこまでのサービスの質を担保することができるのか?

言い換えれば、このチックリストの項目の内容、表現、項目の分類方法等のチョイスが一番難しいところなんですね。欲を言えば、現場の介護スタッフの多くが関わりながらこのチェックリストが作成されたとするならば、作成過程の中で、「こういう場合には○? それとも×?」といった話し合いが持たれているはずですから、「○」や「×」の根拠も自然と明らかになってきます。そうすれば、精度の高いより良いサービスを実施するためのチェックリストとなります。

つまり、「○」や「×」をつける際に、その根拠が非常に大切になってきますから、数回、また数日、今のチェックリストで試した後、各リーダー級のスタッフは、「○」の根拠、「×」の根拠を正確に把握しておく必要があります。

たとえば、福祉サービスの第三者評価項目をみてもそうですが、たとえば「ホームページはありますか?」という項目については、ホームページにかける費用や、更新等の手間を問うことが目的ではなく、まだサービスを利用していない利用者や家族、そして既にサービスを利用している者、そして地域社会に対して、法人が十分な説明義務を果たしているのか? ということが項目から聞きたいことの目的なんです。

ですから、「ホームページがありますか?」と言う問いについては、あるから「○」ではなく、「ホームページ更新の頻度」、「各種イベントについての最新の記事の掲載」、「現在法人が取組んでいること(もちろん、完成したものでなくても、途中のもので結構です)」などがアップされていることが求められているんです。

これらの点に注意しながら、「毎日のサービス実施チェックリスト」を意味のあるもの、継続的に発展させていけるものに作り上げていって下さいね。

最後に、「このようなチェックリストによる記入方法で、記録の代用になるものなのか?」というご質問でしたね。結論からいうと、記録の代用にはなりません。記録を書くための材料には十分なりますし、記録を裏付けるための資料として役立ちますが、記録は記録として残す必要がありますね。


記録の書き方につきましては、先回の東京と岡山でお話ししました講義レジメを参考にしてください。

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Q11. 先生、はじめてご連絡します。私は、某専門学校の介護福祉士コースに所属する2年生で、この春に卒業する者です。実は、先月、以前から就職したかった特別養護老人ホームから内定通知を頂き、とても喜んでいたのですが、先日、内定の取消しを施設から電話でもらいました。
以前から就職したかった施設でしたので、ボランティアにも参加し、実習にも行き、実習の段階から「是非、うちで働いてもらいたいから、はやく履歴書をもっておいで」と施設長にも言われているような状況でした。内定取消しの理由は、私が毎日書きこんでいる携帯のブログを施設のどなたかが見て、そのことが施設長の目に触れ、内容が守秘義務違反にあたる、とのことでした。
大学の図書館に置いてあった『月刊老施協』の「教えて介護保険 Q&A」を以前から読んでいたので、たまらなくなり先生にメールを打ちました。
これから私はどうすればいいのでしょうか? 現在も施設職員になるために就活中です。

A11. これは、ひと月ほど前に頂戴したメールの内容です。この学生さんには、「早く元気になって、吉報を待ってるよ」という返事をしましたが、この問題につきましては、守秘義務違反というだけではなく、現在問題にもなっている情報漏洩につながる視点として、このコーナーに載せたいと思います。

皆さんもご存知のように、海上保安職員による尖閣諸島ビデオ流出事件といい、警視庁は認めてはいませんが、テロ関係の治安に関するインテリジェンスの漏洩しかり、またアメリカでのウィキリークスが流出させた極秘外交文章など「情報漏洩」に関する事件が、非常に多く報道されています。

まず、今回の相談の争点ですが、まだ職員ではない学生さんが書き込んだブログの内容が、内定の取消しに該当するような内容であったか否かです。想像の域を超えませんが、この学生さんは、この施設に就職したくてたまらなかったことを考えると、強烈な施設批判というものではなく、実習中のものであれば「利用者さんのことを考えると、職員さんの対応は冷たく感じた…」であるだとか、内定までに就職面接やレポートの実施があったと思われますが、面接での聞かれた内容などをブログに載せていたのではないかと思われます。あと、気になったことが、ブログの中で実習期間中やボランティア等の際に接した利用者さんの名前や写真を載せてはいないか、という点です。今回、相談のあった学生さんの内定取消しについて、ブログなどの情報発信(漏洩)が内定取消しの事由にあたるのかという点ですが、そもそも採用の内定とは法律上どのような位置にあるのかについて説明したいと思います。まず内定とは、応募者に対する会社の採用予定の通知とこれに対する応募者の承諾によって労働契約が成立します。つまり、会社側が「うちで仕事をしてもらいたい」との願いを込めて、求人(アプローチ)活動をし、学生さんを含めた社員予備軍が応募(エントリー)。そして面接等を実施し、会社側が「この人に来てもらいたい」と願い出るのが内定ということです。正確には、解雇権留保付きの労働契約です。結婚までの儀式で言えばプロポーズです。このプロポーズにエントリーした者が納得すれば、内定の承諾となるわけです。一般的には、会社側が内定通知(必ずしも文章によるものではなくても口頭でも可)を出すと、就職確定という考え方になりますね。

では、内定の取消し、つまりすでに成立した労働契約の一方的な解約(解雇)、先ほどの例でいうなら、プロポーズの撤回となる理由としては、学生さんの場合なら「学校を卒業できなかった場合」があてはまり、「健康診断に異常が認められた場合」、「犯罪を犯し刑事訴追されたような場合」など、会社側として採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような場合であって、内定の取消しが客観的に合理性をもち、社会通念上相当として是認されるものに限られる、というのが一般的な考えとなっています。

ですが、昨今の経済事情からみて、内定の取消しもやむを得ないという状況もあり得るわけですが、その場合であったとしても、会社側としては整理解雇に準ずる取扱いが必要になりますから、内定の取消しについて十分な必要性があったこと、会社側として内定取消しに回避の努力を行ったこと、取消しとなる対象者の選定が妥当であったこと、そしてこれらを含めて内定者に十分な説明と協議を行うことが求められます。

もちろん、条件付とはいえ、将来的な労働契約が結ばれているのですから、内定を受けた側としては、内定をもらった時点からの就職活動を中止するわけなので、その機会を失ったことについての賃金補償を会社側はしなくてはなりません。

今回の相談の内容では、内定取消しの連絡があったということですが、ずるいことを考える法人では、今のご時勢のなか、内定取消しを出したことに社会的バッシングのリスクを考え、学生さんの側から「内定辞退」を促す場合もあったと思われます。今回相談のあった学生さんの場合、施設側に内定取消しについて異議をとなえ、全面的に争そい、仮にそのまま内定取消しの取り消しがされ、就職できたとしても職場内で居づらくなることは想像がつきますので、今回は次への就職先にチャレンジすることを勧めたいと思います。

ですが、これらを含んで、施設側が横柄な対応をとることは極めてリスクが高いと思われますし、今後、このようなケースが増加することを考え合わせると、法人としてもケースの蓄積として内定取消し者に対する説明責任のあり方や手続き、その方法への対応と対策として真摯に受け止める必要があると思います。

現在の情報社会ですから、今回のブログだけではなく、ツイッターや動画発信情報YOU TUBE(ユーチューブ)、誹謗中傷満載の2チャンネルなど、手軽な情報発信装置やそのための手段は、規制できないほど私たちの身近に、それも生活の手段として存在しています。

施設の管理者からみれば、今回のトラブルが、これから就職しようとする学生さんのみならず、現在勤務している職員が、相談者と同じように情報を発信している危険性があるということです。

ですから、「情報は漏れるもの」という認識が必要であって、「隠せるもの」という発想はナンセンスな考え方です。情報が漏れることを前提としたリスクヘッジのかけ方が、これからは必要なんです。

「ブログやツイッター、YOUTUBEっていったい何?」という管理者や法人のトップがいるところでは、今回の相談者のような場合、終始感情論や昔の精神論、経験論で処理される危険性が極めて高く、情報の漏洩に対するリスクよりも、こういった管理者やトップがいることのリスクの方が本当は問題なんですよ。

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Q12. 4月からの新入社員研修について、頭を悩ましています。昨年暮れまでのところで、施設に必要な人員確保のために採用面接も行い、内定通知、承諾通知ももらい、3月からの入社前研修として実際の業務に慣れてもらうための研修計画を送付したところ、今の時期になって採用予定だった者の保護者から連絡があり、「給与額が納得できない。夜勤等の労働時間が長すぎるのではないか…」などの問い合わせがあり、結局採用予定者である本人ではなく、保護者の方から内定の辞退を一方的に申し込まれました。
その結果、今のこの時期になっても採用面接をしなければならない状況です。
このような事態にならないような、入社前の人材選択、採用面接時点で注意することや、入社後の新人研修マニュアル等について留意することを教えてください。
ほとほと疲れました。新人スタッフに対して、それでなくても配慮した取り組みを行っているのですが…。
先生、助けてください。

A12. 本当にお疲れ様です。人材は「人財」とも言い換えられますし、とくに介護現場では、売り上げとなる介護報酬のほとんどが固定費である人件費として流れていきますので、まさに「人財」なんですよね。

内定についての法的位置づけについては、先回のQ&Aに載せておりますから、それを参照して頂きたいと思っておりますが、最近の保護者(?)と言いますか、新人スタッフの親の特徴については、「ヘリコプターペアレント」とよく言われますよね。略称、「ヘリペア」と呼ばれるようですが、アメリカで生まれた言葉だそうです。大学進学等で実家を離れた子と頻繁に連絡を取り合い、わが子に不利益が生じれば大学へ乗り込んでクレームをつけ、就職試験にも付き添うなど、過保護、過干渉の親を指すようです。まるでヘリコプターに乗って上空を旋回しながらいつも子どもを見守り、何かあると急降下して子どもを救おうとするような様子からこの名がついたようです。急降下だけではなく、今回の相談は、急降下爆撃に近い内容ですが…。

介護現場では、現在利用者さんやその親族からのクレームへの対応で四苦八苦している状態ですが、これからは新人も含めたスタッフの保護者からハイパーなクレームがくることも想定される職場になってきましたね。この実情だけは、相手があることですから、防ぎようがないことですが、予防線としてそんな親をもつ新入社員を採用の段階で見分けることはできるかもしれません。

まず、面接場面では「どうして介護の道を選んだのか?」といったオーソドックスな質問をすると、「お年寄りが好きだから」「実習で『ありがとう』と言われ、感謝される仕事がしたい(褒められたい)」「困っている人、人の役に立つ仕事をしたいと思って選んだ」という回答が非常に多く聞かれます。しかし、これだけであれば要注意です。特に男性がこの言葉を言いだすと、一般的に男性介護職員の方が弱い印象を受けますから注意をしてください。採用までの過程や欲しい人材の採用部署が、法人やその時々の状況によって異なりますから一概には言えませんが、個人の説明責任能力がある程度高ければ、ヘリペアからの脅威もかなりの程度減少できると思います。となると、面接の質問項目も、次のような場面設定からどう答えるのかを注意深く観察するように心がけてください。

「おじいさんが今朝、玄関先で倒れて救急車で運ばれ、主治医は、脳梗塞の疑いがあると言っているようだ、とあなたのおばあさんから電話がありました。おばあさんは、あなたに次のようなことを聞いてきました。あなたならどう答えますか?」という問題設定をして、次の質問にどう答えるのかを注意深く観察して下さい。

 Q1 うちのおじいさんは、介護保険って、使えるの? お金なんて支払っているのをみたことがないんだけど?
 Q2 どこに相談に行けばいいの?
 Q3 一体、何が使えるの?
 Q4 いくらかかるのかしら?

Q1に関しては、介護保険でいう「被保険者」の知識を問う質問です。面接者としては、被面接者が第1号被保険者、第2号被保険者の年齢的条件の違いだけではなく、それぞれの被保険者の資格要件、受給要件の違いを問うかなり高度ではありますが、程度の高い質問ですから、この問いに被面接者がどう答えるかで、介護保険についての知識の深さと応用力が判断できます。お金を払っているのか、という問いかけについても、第1号被保険者の方であれば原則年金から徴収されていること、第2号被保険者であれば医療保険料に介護保険料も上乗せされ徴収されていること。なので、支払っている、という自覚がなくでも大丈夫であることの説明ができれば十分です。
Q2のどこに相談すれば、という質問は「保険者」の知識を問う質問です。どこかの事業所で、私の提案通り面接者がこの質問をした際、被面接者が「保険会社」と答え、ひっくり返りそうになったという話もありますが…。
Q3の何が使えるのか、の質問は「保険給付」の中身や、保険給付を確定する際の「認定」の手順や知識を問うものです。
Q4のいくらかかるのか、という費用については、原則1割である、という回答があれば良しとしましょう。また前職が同じような介護の事業所であれば、介護事故を想定した設問を投げかけると、その分析力から、アセスメント力、プラン力、評価力の力を見る事ができます。この介護事故を通した面接は、採用面接だけではなく、求めるレベルや基準を明確にさえすれば、人事考課制度や昇格試験にも十分使用することができます。

新入社員向けのマニュアルとしては、名古屋地裁が平成20年9月24日に下した判決内容が参考になると思われます。むせない誤嚥に気づかなかったヘルパー2級の介護員が、利用者を死亡させた事故で使用者である法人代表者の責任を、新入社員に対する研修の参加状況や新人職員研修マニュアルから導き出した事例です。

判決文の中でも、「事業会社においては、新人研修を行い、新人教育マニュアル及び『入社後3週間以内に完了する事項』と題する書面を配布し、研修を行っていること。新人教育マニュアルにも報告・連絡・相談の重要性や事故処理方法について記載されており、事故処理方法としては『現場で何らかのミス・対応しきれない事態が起こった場合は、直ちに会社へ連絡し、指示を仰いで下さい。ヘルパーの判断で対応できた場合でも現場を離れる前に会社へ状況報告し「離れてもよい」という指示が出るまで現場を離れないで下さい。』などと記載されていること、…これらの研修等によってヘルパーの過失を防ぐことは十分に可能であると認められることから、ヘルパーの過失は看護師である代表者による体制整備の不備であるとは認めがたい。」として、法人代表者の責任が退けられただけではなく、新人研修についてのガイドラインについても参考となる事例です。

この事件は、訪問系介護事業所のケースでしたが、施設においても新人研修については同じことが言えると思います。つまり、何年も前に作成された一般的な業務マニュアルではなく、「期限を設定した」マニュアルが新人介護スタッフには必要であるということです。期限を設定して、新入社員に対しては到達目標を課し、提供する介護サービスの質を担保すると同時に、その期限までに彼らが達成できるような上司の指導やサポートが必要ということでしょうね。

 ただ、どちらにしても、「人は使ってみなければわからない」というのが、介護だけではなく、すべての業種において言えることですが…。

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Q23. いつも連載を楽しみにしております。九州にあります特別養護老人ホームに勤務する生活相談員です。来年度から、ケアワーカに対して「記録について徹底するように…!!!」と法人トップから指示を受けました。確かに記録については、烏野先生も研修の中でもその重要性についてよくお話しされていたので、「とうとう来たか…」という思いです。しかし、「どうやって、何を書いていれば大丈夫なのか…?」わかりません。また、年末に併設するデイサービスで、利用者さんの誤嚥による入院があり、ご家族が「事故から一か月程度前の記録とケアプランを見せて欲しい」という訴えもありました。  このようなことから、記録について再度レクチャーを受けたいと思っているのですが…。

A23. いつも連載を楽しみにして頂き、ありがとうございます。私としても非常に嬉しく思っています。

さて、記録について私も、「とうとう来ましたか…!!!」というのが率直なところです。

「何を記録として書けばいいのか…? どこまで記録として残さないといけないのか…? 何を書いてはいけないのか…? そして、みなさんの記録の一体どこがイケナイのか…?」について説明したいと思っています。

「なぜ、介護現場では最近とくに、『記録、記録』といわれるのでしょうか…?」

「来月に監査があるから…」、「神経質な上司がいるから…」という理由ではありません。記録を書くということは、介護業務に携わる皆さんが、利用者さんとの約束を正確に守ったことを証拠として残すという意味があります。もちろん、記録を書く、残すという行為は、利用者さんの生活やニーズを知り、他の機関との連携を図り、介護サービスの連続性や個別性を担保するという役割は確かにあります。ですが、リスクマネジメントという視点からみた場合の「記録」には、介護スタッフの業務が正当なものであったというスタッフ個人を守るという発想が欠かせません。スタッフが守られれば、法人も守られ、その結果として高齢者へのより質の高いサービスが保証できる、というのが私の考えです。

では、何を記録しなければいけないのでしょうか? それは、利用者さんに対して何を約束したのか? に尽きます。皆さんの約束は、ケアプランで計画された「長期目標・短期目標」そして「実施するサービス内容」に根拠があります。つまり、ケアプランで言えば別表の第2表にあたる項目ですね。この目標や、目標を達成するための具体的なサービスを、直接的な業務として遂行するのが皆さんのお仕事になるわけです。

ということは、ケアプランで約束された目標や、その目標を達成させるための具体的な業務(介護)を行い、それを記録として残してはじめて、利用者さんとの「約束を守った」ということになります。

介護事故を含めた危機管理を専門としている私の立場からいえば、法人側が利用者さんやご家族から事故等で訴えられた場合、ほとんどのケースで負けてしまう結果となるのは、ケアプランで約束をした介護の内容を、正確に記録化されていないことで「やっていなかった」と判断されてしまう場合がほとんどだからです。

介護現場で働く皆さんは、実際には非常に真面目に、そして熱心に日々の業務を行っているといえます。では、なぜ、「やっていない」という判断を下されるのでしょうか?

それには理由として二つのことがあげられます。ひとつは、ケアプランで約束をした目標や、その目標を達成するための具体的なサービス内容が、非常に抽象的な表現で設定されていることからくる曖昧さです。

介護事故で最も多い訴えは、「転倒や転落」そして「誤嚥」についてのトラブルです。ほとんどの高齢者に当てはまると思われる「転倒・転落」や「誤嚥」の予測について、実施するサービス内容として確定される表現に、「歩行中や移動時はしっかりと見守る」や、「安全な食事の提供のために見守る」といった文言が頻繁に使われています。しかし、この「見守り」が業務としてどの程度の介助が必要で、どんな行為をもってすれば見守ったといえるのか、についての認識や判断が非常に曖昧なため、「見守り」のための業務を正確に遂行したのかどうか、そしてそれを記録化することにも難しさと戸惑いを覚えてしまうといった点です。

二つ目には、たとえ正確な業務を約束にもとづいて実行したとしても、記録として残されていないと、契約の相手方である高齢者の方に、「やったか、やっていなかったか」を確認することができないという点です。

介護サービスを利用する高齢者のほとんどが、認知症や寝たきりなどで判断能力が著しく低下もしくは減退している人ですから、確認のために過去の業務のことを尋ねても意味がない事は明らかですよね。つまり、介護スタッフである皆さんは、契約の相手方に皆さんの業務の履行を確認できない人との間で約束をしているものですから、皆さん自身にすべての証明責任があるということになるわけです。この証明が「記録」なんです。

最近の誤嚥をめぐる介護事故の裁判事例から記録についてのポイントを見ていきましょう。

これは、介護保険施設において、入所中のパーキンソン病患者が食事として提供された刺身を食し嚥下障害により死亡した事故に対し、老人保健施設を運営している法人に介護保険義務違反があるとして、損害賠償責任が認められた裁判です(水戸地裁平成23年6月16日判決 一部認定・一部棄却[控訴])。

今回の裁判事例では、過去の介護事故裁判で例を見ないほど、介護業務と記録についての詳細な分析を弁護人や裁判所が行っている点に注目してください。アセスメントやケアプラン、そしてサービス担当者会議での議事録から、業務としてどのような介護サービスを提供する必要があり、その必要に対してどのような目標を立て、専門家集団が何に基づいて、その目標を達成するための具体的な介護サービスを提供したのか、またその提供された介護サービスが妥当であったのか、を問うたものだったからです。

亡くなったのは大正7年4月24日生まれの事故当時86歳の男性であり、既往歴にパーキンソン症候群で、長谷川式認知症の結果もかなり悪い高齢者でした。平成16年11月3日に昼食として提供された刺身を誤嚥して窒息し心肺停止状態となり、平成17年3月17日心不全により亡くなられたケースです。主な争点としては、刺身を常食で提供したことについての過失をめぐってです。

以下、介護提供までのプロセスとその決定過程について、説明したいと思います。

平成15年7月10日に要介護3と認定を受けた高齢者は、平成15年8月25日に老人保健施設と介護契約を締結しますが、入所前の利用者ならび家族との打ち合わせでも、男性が食事時にむせることがあるとの指摘を家族が行い、食事について家族は全粥きざみ食の提供を希望したことが、平成15年8月18日づけの医師の書面に残されていました。

結論的には、施設入所から事故発生まで、つまり平成15年9月12日から平成16年9月14日までの一年間にケアプランの見直しを合計5回行っていますが、常食での提供をしながらも、施設サービス計画書にはいずれも「男性について誤嚥機能の低下が見られる。嚥下障害があり食事や水分摂取に時にムセが見られる」など、誤嚥の危険性が高い旨またはそれと同視できるような記載が継続的にありました。

これに対して裁判所の判断は、とくに刺身を常食で提供したことの過失について、まぐろは筋がある場合には咀嚼しづらく噛み切れないこともあるため、嚥下能力が劣る高齢の入所者に提供するのに適した食物とはいい難く、介護職員は利用者の嚥下機能の低下、誤嚥の危険性に照らせば、利用者に対しそのような刺身を提供すれば、誤嚥する危険性が高いことを十分予測し得たと認められる、と判断しました。

また利用者が合計35回争点となった四品(寿司、刺身、うな重、ねぎとろ)を常食で摂取したという事実はあるものの、それは単なる結果論に過ぎないとしたうえで、利用者自身の強い希望があったとしても、安易に本件四品目を常食で提供するとの決定をすべきではなかったとも、裁判所は付け加えています。

そして常食での摂取も可能な場合(時期)も若干あったにもかかわらず、施設サービス計画書の「サービス内容」に「誤嚥に注意した見守り」とのプランを立てたことは、実際の利用者の状態とは異なるものの「職員の注意を喚起するための記載」と施設側は主張しましたが、「…注意喚起のためとはいえ、およそ存在しない症状を記載するとは考えられず、利用者には少なくとも職員の注意喚起が必要な程度には嚥下機能の低下や誤嚥の危険性があったものと認められる」として裁判所は施設側の主張を退けました。

この裁判では、5回のケアプランの見直し、「長期・短期目標」の設定、「サービス内容」を前後のサービス担当者会議の議事録まで引っ張り出して、ケアの妥当性と記録との整合性を明らかにした事例でした。

いかがでしょうか? 「長期・短期目標」や「実施するサービス内容」と、実施する介護行為そして記録の関連性が理解できたかと思われます。つまり、「何を書くのか、どこまで書くのか、今の記録の何がイケナイのか」が分かっていただけましたでしょうか?

最後に、「監査では、記録について何も言われなかったので、自信をもっています」と豪語される法人トップもいらっしゃいますが、それはリスクマネジメントという視点からみると不十分です。なぜなら、監査で求められる記録と、「いくらお金を取るか」という損害賠償で耐えられる記録とは、視点が全く違うということを覚えておいてください。

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Q25. 関東で施設長を仰せつかっている者です。最近の連載を読ませていただきながらも感じることですが、介護職員の働き方についての質問が多くなっているようですね。私の施設でも、いまに始まったわけではないのですが、精神的にしんどいスタッフが非常に多くなっています。「どうやって働いてもらうか…」というよりもむしろ、「ちゃんと今日も出勤できるだろうか…」という鬱傾向にあるスタッフについての管理が難しくなっています。
4月から入ってくる新入社員の研修のために2月からアルバイトのような形態で研修期間を設けながら、来年度からの業務に慣れてもらおうとしているのですが、今の段階でも「鬱症状ではないのか…?」と感じるスタッフ予備軍も複数いる状況です。
法人から本人に対して内定を出し、健康診断書の提出は入職までにということなんですが、後日提出された健康診断で新たに鬱や精神疾患などの疑いがあるような場合、どうすればいいんでしょうか?
烏野先生、教えてください。

A25. そうですか。施設長としてのお悩み、お察しいたします。「どうやって業務としての介護労働を遂行してもらうか」よりも、「ちゃんと出社し休まず、仕事をさせるのか…」。人員配置上の問題もあろうかと思いますし、また勤務のローテーションの関係もあろうかと思います。

これまでもそういった傾向はありましたが、介護スタッフのメンタル面について、彼らはそれほど屈強ではない、と私個人も思っています。とくに男性スタッフの方が…。  介護労働に求められる特徴としましても、「優しさ」や「笑顔」、「思いやり」といった感情面が、採用段階で基礎学力よりも重視されてきた傾向は否めないところだと思っています。

私も介護スタッフを養成する教育機関で勤務しているわけですが、入学試験のための面接で「どうして介護を…」と尋ねた際、「ありがとう、と言ってもらえる仕事だから…」「お年寄りや子どもが好きだから…」といった返答が非常に多く、自らの癒しを高齢者や子どもに求めているのか…、と思いたくなるシーンもままありました。しかし、実際の現場では「ありがとう」どころか、罵声やまた暴力を振るわれるシーンも多くありますし、またスタッフ同士の人間関係も、チームによる協力体制が求められますから、コミュニケーションを含めた「愛される方法や、可愛がってもらえる術」を学んでおく必要があります。

また、昨今の法改正や利用者を含めた家族関係からいっても、介護スタッフ個々に説明責任やコミュニケーション能力が必要とされます。ですから、ご質問にありますように、これらが習得できない介護スタッフにとっては、鬱症状や精神のバランスを崩す可能性が非常に高くなるわけです。

ご質問のコメントに戻ります。

まず、採用予定者に対する健康診断の実施、診断書の提出は、労働安全衛生法で定められています。介護スタッフの健康状態を把握し、個々に応じた配属を行う上でも管理者側が知っておくべき情報だと思われます。

具体的には、身体的、精神的な過去の病歴といった既往歴の項目、過去の業務歴の項目、身長、体重、視力、聴力、胸部エックス線検査、血圧、採血、尿検査や心電図検査、そして自覚症状についても必要な項目として考えられます。

ですが、鬱症状などについては、上記の項目での数値的なものからは判断できないものですから、「採用してから、あとで困った…」という場面に遭遇するわけです。

過去の裁判事例や労務管理上のガイドラインについても、鬱症状の社員に対する明確な対処の仕方は確立されていません。ましてや、一般職種とは違い介護スタッフの場合に関しては、利用者への個々の介助が業務になるわけですから、密室性が高くかつ利用者の判断能力も低下しており発言ができない、となると業務に大きく支障が出るだけではなく、業務上の監督に死角が生じ、なんらかの問題が発覚した場合には取り返しがつかない事態にまで発展していることが考えられます。

今回のご質問で、難しいと思った点は、「内定を出している」という点です。「内定」とは、法人側がその人を欲しいとプロポーズし、プロポーズをされた労働者側が「はい、お願いします」と承諾をした関係のことを指します。それに引き替え内定の前に出す「内々定」というのもあり、法人が採用を予定しているだけのレベルという手続き上の段階も、今後の採用場面で活用に値するかもしれません。

ですが、それでなくとも人の確保に四苦八苦しておられる介護現場で、有名ブランドの企業のように募集に人が殺到し、内々定からスタートさせるような事業所はまず少ないと思います。そして、内定を出す、出さないに関係なく、精神疾患を含めた鬱症状のような場合には、入職時の健康診断レベルではわからないものですし、また面接などでも「明らかに異常…」というような場合でなければ、「個性的なだけ…」「育てるのが福祉や介護…」と思い、採用する側は「これからのあなたに期待する」という姿勢で臨むものですから、面接でも精神面まではわかりません。

また最近の面接では、面接を受ける者にとって不利となることは言わなくてもいい、答えなくてもいい、尋ねられなければあえて話す必要はない、という風潮もあるものですから、「聞かれなかったので言いませんでした」的な主張も正当になるわけです。そうなると、面接をする側は、そのあたりのこともしっかりと聞いておく必要がありますが、一方で病状等の質問がプライバシーの侵害にあたるのではないか、という思いから、実りのある面接にまで到達できないことも考えられます。

これらを回避するためには、まず面接の段階で、身体面・精神面ともに過去の病歴について尋ねることは正当な質問です。また、転職等の回数が多く、また一部に空白の期間があるような場合についても、その理由を聞くことも許されます。そして内々定を出したうえで健康診断を実施し、法人側として健康診断の結果のいかんによっては再検査をお願いする場合もあること、そして検査結果によって採用の可否を判断すること、の説明を法人側が行えば問題にはなりません。もちろん再検査や、検査結果による不採用の場合には、その理由を労働者側に正確に伝えることは言うまでもありません。私が多く接したこれまでの介護スタッフは、みな素直で、笑顔が良く、そして自己犠牲の精神に富んでいる若者がほとんどでした。ですが、その一方で自らを隠す(言わなくてもいいこと)術に慣れていない職員も多かったような気がします。

ある法人の新入社員歓迎会で、当然のことながらアルコールで場が和み、打ち解けあえる環境作りには成功したのですが、最後に新入社員から歓迎へのお礼ということで、新入社員一人ひとりにマイクが回されたわけです。お酒で頬をほんのり紅色に染めながら「僕は、ここに来るまでの間、鬱病で仕事を転々としてきたのですが、皆さんに助けてもらいながら頑張れるような気がしてきました…」と笑顔と感動の涙でむせぶ横で、「そんなこと、聞いてない…」と言わんばかりの法人トップの横顔を見ながらも、4年以上に渡り勤務し続け、いまでは介護長として頑張っている彼の姿を見ると、法人のマネジメント能力と包容力に人材の養成がかかっているんだと痛感した出来事でもありました。

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Q37. からすの先生、いつも連載を楽しみにしております。北海道にある特養で生活相談員をしている者です。4月から新人のケアワーカーが大量に入社するのに伴い、この2〜3月の間、有給(アルバイト)という形で働いてもらっています。施設の仕事に慣れてもらい、また新人の個性を引き出したいという視点から、このような入社前研修を行っています。また、当施設では新人職員の向き不向きに合わせた配属調整の関係から4月からの3か月間、試用期間を設けてもおります。
ですが、この研修期間や試用期間中に、「この職員は絶対にダメ…」といったような場合、簡単に辞めてもらうようなことはできるのでしょうか? 生活指導員という立場上、新人研修のすべてを任されてしまっているものですから。

A37. そうですね。春のこの時期には、初々しい新入社員が入り、日々の業務のなかでも人が入れ替わるというタイミングですので、スタッフ個々が日ごろの業務を再度見直し、新人にどうそれを伝授(?)するのか、が問われますね。ご相談にもありますように、新人研修は非常に大切な行事でもあり、メニューのメリハリから研修での到達度までを図り、「人材」を「人財」にまで育て上げる重要な期間でもあります。

介護の業界では、介護福祉士等の資格を有していない高卒者や、資格を有する専門学校・短大卒業生、そして福祉系の学部ではない四年生大学の卒業生、そして転職等で入ってくる社会人等、一言で新入社員といいましても、個性だけではなくバックボーンも異なる新人を多く迎える時期ですね。

東北地方をはじめ、介護業界はどこも人材不足であると耳にしますから、いい新人を育て上げるだけではなく、辞めてしまうという人の流出も同時に防がなければなりません。生活相談員や研修担当の職員は、新人教育研修だけではなく、働き始めて3年未満の職員、そして中堅管理職研修、ならびに職種別の研修等、職員のモチベーションとスキルアップのために、手を変え品を変えマンネリにならないための研修が必要となります。

しかし、十分な研修を実施しているにもかかわらず、職員の感度や受容レベルがあまりにも低く、「子どもや、年寄りの世話であれば、できるかもしれない」という発想から、福祉や介護の道を選択する社員もいないわけではありません。 研修期間や試用期間中に本採用を見合わせるであるだとか、解雇せざるを得ない状況が生まれた場合の法人のリスクについて整理しようと思います。

ご質問にある、「研修期間や試用期間中の解雇」という点ですが、いくつかのポイントがあります。「人は使ってみなければわからない」とよく言われますが、研修期間や試用期間の前提として、施設側は求職者から履歴書を提出させ、課題レポートや教養試験を行った後、面接をし、審査を経て内定の通知を送り内諾の連絡をもらっているわけです。

とくに、課題レポートや面接等で、法人にとって益となる人材を見つけるための工夫や、仕組みができていたかという点です。「感じが良かった。真面目な雰囲気だった。」という主観も非常に大事であることは、人を扱う仕事である以上よく理解できます。ですが逆に「愛想が悪い。挨拶もできず、だらしなさを感じる」といった、これまた主観で解雇をいいわすことはできないわけです。

では、過去の裁判事例から、試用期間中の解雇に該当するその要件を列挙しますと、睡眠不足や業務中の居眠り等で業務に集中できていないような場合、職員寮等がある場合の門限違反や、遅刻が度重なっている場合、与えられた文章での課題等が未提出だった場合、管理者が繰り返し注意するも、改まらない場合等が代表的なものです。それに対して施設側では、複数回の注意や指導をするものの改善の可能性がないと判断する相当な理由を、複数の管理者で確認できていること、「能力、勤務態度、健康状態等で不適当と認められる場合は解雇を行うこともできる」という文言が、就業規則上に明記されていること、試用期間中の指導や教育が、あらかじめスケジュール化され、効果が期待できると複数の管理者同士で確認がなされていること、などが必要となります。また付け加えて過去の裁判事例では、試用期間中の解雇を言い渡した時期(タイミング)が不適当と判断されたケースもありました。つまり、ご質問にもありましたが「3か月の試用期間」中の2か月ほどで解雇を言い渡すことはできないということです。試用期間満了までの間で評価し判断するという点です。

一般の解雇と、試用期間中の解雇との違いでいうと、労働者による弁明の機会を与えるか否かにあります。一般の解雇の場合には、本人による弁明の機会という点が非常に重要となりますが、試用期間中の解雇の場合には、あくまでも試用期間であるため、改めて弁明の機会を与える必要はない、ということです。ですから、逆に言いますと、本人に弁明の機会を与えていない分、上記にありますような研究内容やスケジュールの妥当性、評価の公平性等が重要になるんです。

実務上のポイントとしては、管理者による教育的指導の内容を、口頭だけではなく指導日誌等で文章化しておく必要があります。あとは、試用期間満了当日に解雇を告げ、一般解雇の場合と同様、30日分の解雇予告手当の支払いを約束しなければなりません。ただ、試用期間中の解雇の要件が、同じ職場の仲間の財布からお金を盗んだであるだとか、飲酒運転等の事実があったような場合等、懲戒解雇要件に該当するようなケースでは、労働基準監督署に除外申請を行ったうえで、30日分の解雇予告手当を支払う必要はありません。

人を育てるという点は、管理者や法人トップに就く方にとって永遠の課題でもあります。東北での被災地調査の際にも耳にした意見でしたが、「頼りにしていた管理者が、家のことが心配だからと言って帰ってしまったかと思えば、日ごろあまりパッとしなかったスタッフが、思わぬ才能を発揮し法人を守ってくれた」とう声でした。平時での「仕事ができる」というスキルや、上司・法人に対する従順度・忠節度と、非常時においてのそれとは必ずしも一致しないものかもしれません。

人を育て上げ、人材を人財にまで高めていくその過程が、法人を強くするプロセスと同じであることは言うまでもありません。

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Q43. からすの先生、いつも連載を楽しみにしています。毎月の法人内研修の題材に使用させて頂いております。とくに、この四月から入職した新人職員に対し、先生の連載ネタで話をしているのですが、それ以前の問題、たとえば挨拶や礼儀といったマネーの点が非常に気になって仕方ありません。一般企業向けのビジネスマナー講座などの講師を招き、お辞儀の仕方や名刺交換の仕方などを教えてもらったのですが、やはりジャージ中心の介護現場と、スーツ中心のビジネスマンとでは、目的や趣旨が違っているものですから、上手くいきません。何か、いいアドバイスを頂けると嬉しく思うのですが…。

A43. ご相談、ありがとうございました。この「介護職におけるマナーの問題」については、以前から気になるところがあったものですから、今回のご相談に応えるという形でお話したいと思っております。
「お辞儀の仕方や、笑顔の作り方、名刺交換の仕方など形だけのもので、心がこもっていれば問題はない…」と思っている新入社員がいるかもしれません。また逆に、「一般企業には入りたくなかった(入れなかった)から、介護業界に入ってきた…」という方もいるかもしれません。仕事の選び方や動機について、ここでは問題にしません。そんなことは恋愛と同じで、動機がどうであれ最終的に「好き」になればいいことですから。

ですが、その仕事を「好き」になるのも、また「好き」になるきっかけを作ってくれるのも、高齢者やその家族である場合が多いのも事実であることを考えると、最低限の礼儀やマナーというものが必要となります。過去の連載でも書かせて頂いたと思うのですが、いまは介護業界だけに限らず全ての産業界で「説明責任」が問われます。認知症状がまったくなかったデイの利用者が、自らの判断で独りトイレに入り、転倒し訴訟になったケースでも、判決では「繰り返し十分な説明義務を怠った」として、法人側に7割の過失を言い渡したケースも紹介しました。とくに介護の業界では、「(高齢者である)相手に確認ができない約束をしている」という点で、利用者だけではなく家族に対してもある一定の説明義務が課せられるでしょう。

それと同時に、これからの利用者の年齢層が劇的に推移するという高齢者像の変化についても連載のなかで紹介したように思います。つまり、60歳以上の方が、日本国民の三分の一を占めており、最も多い層が64~66歳の方であることも…。

このように、介護サービスを利用する高齢者の層が変わり、そして説明責任がより問われるような現状のなか、マナーを含めた人間関係上での接点や機会が多く求められることになります。サービス業や接客業に近いと思って下さい。

一方、介護現場、とくに特別養護老人ホームというところでは、クレームが最近増加しているとは言うものの、まだ「利用者や家族に救われている」環境は否めません。それは施設内で介護事故が実際に起きた件数と、話し合いでは解決せず、訴訟となった件数との比較からも理解できると思います。めったなことでは裁判なんて起こされないものです。ですから逆に、提訴にまで到るというよっぽどのことがあった場合には、必ずと言っていいほど施設側は負けてしまうわけです。そこにもマナーといいますか、「最後のその一言」が家族の逆鱗に触れて、というケースが非常に多くなっています。介護事故に関する講演では必ずと言っていいほどお伝えしていることですが、「利用者さんや家族のほとんどは、みな多かれ少なかれ施設に対して不満を持っているものです…」と。不平不満ばかりを言っている利用者さんや家族も少ない割合でいますが、それは彼らの性格なだけです。どこにいようとも文句ばかりを言っている人はいるものです。そうではない「いつもお世話になっています」と、お盆の時などに入所者であるおじいちゃんの顔を孫まで連れた家族が菓子箱でも持って見舞いにくる、というのが普通の光景です。その光景に、「本当にこの家族は何ていい人たちなんだ…」と思うのは、まだまだ若い証拠です。いま、特養に入れてもらおうかと思えば、オリンピックを何度観れば気が済むんだと言わんばかりの待機年数です。日本全国の特養の入所者と同じだけの要介護者が待機しているわけですし、回転率は平均13%程と思われますから、特養への早期入所など、ほぼ絶望的な状況です。こうした環境におかれている利用者の家族が、「嫌ならいつでも他へ行ってもらって結構です…」と言われかねないことを覚悟で、施設に文句が言えると思いますか…。過度なクレームをつけてくる家族は、性格以外のことを除くと、よっぽどトラブルに慣れているのか、それとも誰かから知恵をつけられているのかのどちらかです。この場合でも、家族は職員からの「最後のその一言」を逆手にとってくるものです。ここでも職業人としてのマナー違反による一言が大きく関係しています。講演でもいつもお伝えしていますが、「債務不履行」や「過失」、「ケアプランと記録との整合性」などの理解や知識は、裁判で戦うためのテクニカルで後づけ的な要素がかなり強く、そのきっかけは法人のトップも含めた対応の「最初の感じ」で決まるわけです。つまりマナーや礼儀ということです。

では、いまの介護業界の、とりわけ若い介護スタッフのマナーができていないのはどうしてなのか…。それは、「説明ができない」、「書けない」ということと共通する部分ではありますが、躾や学校での教育のあり方にまで遡らなくてはなりません。いずれにせよ、「慣れていない」だけです。敬語の使い方を含め、慣れていないだけなんです。

この3年ほど、「教えて介護保険」の関係で、全国の生活相談員の方や、施設ケアマネだけではなく、管理職の方からもメールを頂いております。多い時で月に1000通以上、少ない月でも500通以上のメールを頂くわけですが、ここでもメールの内容というよりもむしろ、書き方や送り方について首を傾げたくなるものがあります。そのなかで圧倒的に多いのが、署名のないメールです。時節の挨拶や「からすの先生へ」などはどうでもいいのですが、匿名性を意図しているのではなく、あきらかに上司やお願いごとの正式なメールに慣れていない「署名のないメール」が多くなっています。自らの氏名、法人名、法人の住所、電話番号、ホームページのアドレス、電子メールのアドレスなどがないものです。「至急、直接電話での連絡が欲しい」というような匿名性の意味がないメールであっても、署名がなく、どこにどう連絡すればいいのか困るケースが多くあります。携帯電話でのメールや、若者に人気の無料でメッセージが送れるライン等の影響からでしょうか、仲間に限定をした「単に用件が伝わればいい」的なコミュニケーションに慣れ過ぎているものですから、こうなるんでしょうね。

ですが、皆さんのような管理者に近い方にとっては、「そうだ、そうだ」と嘆いていても仕方がありません。部下に何を、どこからさせるのか? 部下に「『自分の癖』を知っているか?」と尋ねて下さい。証明写真を撮る際、誰であっても背筋を伸ばし真っ直ぐに正面を向くはずです。ですが、出来上がった写真を見ると、左右どちらかの肩が必ずあがっているものです。また、あなたが誰かと歩いている時、あなたからみてどちら側に人がいた方が自然でいられますか。そうしたあなた自身の癖を発見することで、「話し方に癖があるのでは…」という気づきから、もっとこうすれば同じ表現でも爽やかに感じられるよ、といったアドバイスが可能になると思います。また具体的なところでは、皆さんが日頃提出している報告書等に、会議日の日付や担当者の氏名は書かれているでしょうか。文章の句読点や、文字の種類、ポイントの大きさなども、「見やすい」かどうかという視点から話し合ってもいいかもしれません。ありきたりな礼儀作法ではなく、気持ちがいいと感じる話し方やしぐさが上手なスタッフが必ずいると思います。「彼・彼女の、何が、どこが気持ちよく感じさせるのか…」。これこそ来月の施設内研修でのテーマにピッタリじゃありませんか。

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Q47. 関東地方の特養に勤務している30代の生活相談員です。先日、デイサービスで働いている介護職員からこのような質問を受けました。「介護の仕事に就いたころからずっと思っていた疑問があるんですが、介護の仕事を『業務』と考えればいいのか、またボランティアや趣味として考え直した方がいいのか、迷っている…」とのことでした。よく聞いてみると、彼の所属がデイサービスだからなのかもしれませんが、「施設長やデイの責任者は、『—デイの稼働率をどうあげるのか、もっと営業をしてお客を増やせ…』的な発言が、どうしても理解できない…」ということでした。相談員として、彼の質問にどう答えればいいのか…。 

A47. この連載をはじめて4年程になりますが、最も難しい質問です。ですが、この半年間だけでも「—これが介護の仕事なんだろうか…」という介護職員からの相談があとを絶たない状況でもありました。しかし、この時期まで記事にするのを躊躇いましたのは、相談者からの個人的な介護観や、見ようによっては法人批判につながるようなものが多かったからです。
今回の質問には、そもそも介護保険制度が孕む矛盾だけではなく、福祉や介護を仕事として勤め上げるために必要となる要素も含んでいると思いましたので、私が考えつく範囲のレベルで問題提起したいと思います。

前回の介護保険法の単価改正を受けたいまの収益構造や、次に予想される法制度の改正案をみる限りでも、特養だけを例にとった場合、売り上げが伸びることはなく、日々の稼働率で収益が見込まれるデイサービスに期待の目が注がれることも当然のことだと考えています。その結果、「—デイの稼働率をどうあげるのか、もっと営業をしてお客を増やせ…』という発想も経営的にはあり得る発言だと考えています。
同じ職場で働く仲間が、相談員であるあなたに尋ねたその意図するところは、すでにお分かりなはずです。「—営業をかけるのが面倒だ。そんなノルマは達成できない…」という趣旨ではないはずです。「営業をかける」、つまり本意ではないにもかかわらず、高齢者に無理やりサービスを使わせ介護報酬や利用料を請求する、という考えに抵抗があるんだと思っています。福祉や介護は、営業をかけてお客を集めるものではない、と。
 
介護保険法の考え方は、過去の連載でもお伝えした通りです。つまり、2000年を境にして、税金でほぼすべてを賄っていた措置制度から、民法上の契約になったわけです。契約制度になった以上、債務不履行責任での訴えを回避するため、ケアプラン別表2であげられている「実施するサービス内容」を約束通り行い、その行為を記録するというプロセスが大切になります。なので、ケアプランと記録との整合性が、「記録を書く」という視点から必要になるわけです。極端にいえば、笑顔や想い、熱意といった感情は、適切な業務という点で二の次三の次でも構わないというドライな発想です。ですが、実際の介護労働というのは人格が労働に大きく影響する仕事でもありますから、介護に対する想いが仕事への動機やモチベーションの確保に必要不可欠であるのも確かです。

電化製品等のように、「いいモノであれば、売り上げが見込め、給与や賞与も期待できる」というビジネスモデルではなく、介護や福祉はニーズの掘り起こしという視点はあるものの、「サービスの提供が必要であると思われる人に対し、十分な人的サービスを提供する」というモデルを採っています。介護保険の取り扱い事業所においては、単価も国が定め、人員や設備、運営に関しても公的な縛りがあるなかでの業態なわけですから、純然たる民間企業モデルでいう「最小の投資で最大の利益」を追求するスタンスとは異なるわけです。だからといって、以前あった措置制度下のように、準公務員的な業務とも違うわけですから、質問にあったような介護職員からの疑問も、遅かれ早かれ突きつけられ、法人や施設としても働き方という点で方針を明確にし、誰からの問いかけに対しても整然と答えることができるようにしておく必要があります。
そのまえに、そもそも論として「なぜ、重度の認知症高齢者に明日も生きていて良いと言えるのか?」、「意識を喪失している高齢者や重度の障がい者に、明日も生き続けて良い理由とは?」について考え、個々の職員が自らの答えを胸にしまっておく必要があると思います。介護保険法の第一条にも、「(要介護者の)尊厳の保持」という文言が、法改正をしてでも追加された表現であることからしても、「尊厳の保持」とは何かについて考えておかなくてはなりません。この「人間の尊厳」については、社会科学系の学問領域にある者だけではなく、医療や福祉、介護の実践現場で働く者にとっては、看取りの実施や延命治療の是非が問われるいま、重要なキーワードとしての位置づけをもっていると思われます。

尊厳という言葉から連想するものとして、「尊厳死」をイメージするかもしれません。尊厳死とは、自らの尊厳が残されているうちに死にたいという意味であり、医療倫理分野の本から抜粋するなら、「自分の症状が悪化して、体力と気力が低下して自己管理ができなくなり、他の人々に依存しなければ生きていけず、ケアされ世話されることで自己の尊厳とプライドが傷つけられる。それを非常に苦にして、自分の尊厳がこれ以上傷つけられる前に患者が死を選ぶ」という考え方のようです。医療の分野で盛んに論議され、また病院等では尊厳死事件をめぐって過去に何度も裁判にまでなり、㈰患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること、㈪患者は死が避けられず、その死期が迫っていること。㈫患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法をつくし、他に代替手段がないこと。㈬生命の短縮を承諾する患者の意思表示があること、の4つを安楽死の要件にするなどの法的なガイドラインも作られています。

しかし、介護現場ではどうでしょうか? 認知症からくる問題行動で、尊厳を著しく害されている(と思われる)場合でありながらも、なぜ「明日も生き続けていい、その理由」を巡っては、論議の途中で介護保険の導入が決定してしまい、介護施設の中での主なテーマが「運営から経営へ」と大きく舵を取らざるを得ない環境におかれてしまいました。

一方、高齢者自身の考えはどうなんでしょうか? 日本尊厳死協会が会員に対して行ったアンケート調査でも認知症に対する尊厳死適用を希望する結果が85%にまでのぼり、この4月にも当協会は認知症となった高齢者の「末期」判断をめぐり新たな定義を示したほどです。世間では、認知症と診断された高齢者が、「癌の方が、まだマシだった…」という声にならないつぶやきを発し、多くの高齢者がぴんぴん生きてコロリと死ぬ(頭文字をとってPPK)ことを理想とするなかにあって、その想いの正反対にある特養で働く職員にとって「なぜ、生き続けても良いのか?」という問いを考え続けなければなりません。
「だって、仕事だから。業務だから。」という理由だけでは答えにはならないと思います。その答えがあなたの中で分かった時、利用者である高齢者本人が望むと望まざるとにかかわらず、1500cc以上の水を一日に飲まされ、食事が摂れなければ点滴を投与される、その理由が分かると思います。
ひいては、重度な認知症でわが子の顔さえ分からなくなった利用者に、「もっと長生きするように、頑張ろう」という声掛けをする、その理由が…。

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Q51. 九州エリアの特別養護老人ホームで生活相談員をしている者です。比較的大きい法人である私の施設では、新入社員が50名ほど入職してくれました。今年は高卒者と大卒者という介護の経験が極めて少ない新人も8割ほどになりましたから、新人研修についても介護技術だけではなく、介護保険制度や認知症の理解などの研修も一通り終わったところです。過去のからすの先生の連載を参考にしながら、うまく進めてきたつもりなんですが、新人の反応があまりよくなく、分かっているのか、分かっていないのか、質問に対してもほとんど答えられない状況でした。相談員という立場上、皆の前で研修等で話す機会も多いんですが、からすの先生がよく言われている「説明責任」が果たしきれているのか不安な毎日です。上手な説明の仕方やコツがあるのでしょうか?

A51. 新入社員への研修は、とても大切になってきます。はじめが肝心ですからね。新入社員は、入職する前に、いろんな予備的知識を詰め込んで入ってきます。ですが、入職し、皆さんのような先輩方の介護の仕方や、利用者に対する呼びかけ方、話し方、接し方で、「ここでは、これでいいんだ…」と判断するわけです。たとえば、お年寄りを「●○さん」と呼ぶのか、「○●ちゃん」と呼ぶのか。合言葉のように「ちょっと待っててください」とスタッフが利用者を待たせたままにするのか、それとも「待たせる」とこを施設として許さない方針なのか。
 
先輩である皆さんの一つひとつの行動が、新人にとっては「基準」となるわけです。もっとよくないのは、先輩職員の個々によって、利用者への対応や反応が異なり、新人がどちらを真似ればいいのか、戸惑うような場合です。その結果、新人は楽な方を選びますので。欲をいえば、新人教育の前に、現有スタッフの教育について、法人や施設での統一的な決まり事を設定しておく必要があるわけです。その落としどころや模範となるのも、生活相談員の役割の一つでしょうね。

さて、「説明責任」の重要性について、理解して頂いてとても嬉しく思います。そうなんです。これからの介護業界には、この「説明責任」が求められますからね。ここ10年間の介護事故裁判の争点をみても、その一つに「監督的立場(上司)にある者に対する指導義務」が必ず問われていることからも、指導的立場にある者が、部下に対して教育・指導する責任がある、ということは明らかです。皆さんは、「ちゃんと伝え、説明したつもり」でも、部下にとってみれば「頭ごなしに叱られた」としか受け止めていなければ、皆さんは指導義務を果たしたことにはなりませんから。
 
ご質問のなかにもありましたが、最近では、介護福祉士等の有資格者ではなく、高卒者から丁寧に育てる法人も多いようです。となりますと、私たちが措置制度の時代に実習や新人研修で教えられてきたような教育スタイルと、いまとでは、まったく方法が異なると思ってください。つまり、教育を受ける側である新人の、これまでの教育環境と、私たちが受けてきた教育のそれとでは、180度近く変化しているということです。
 
たとえば、よく「さとり世代」といわれますが、その世代はいまの20代前半くらいの若者を指します。もう少し上は「ゆとり世代」といわれ、2002年度の小中学校の学習指導要領で学習した27歳前後の若者を指します。バブル期を経験している私たちとは、まったく当時の社会環境が異なるわけです。いまの若者を象徴するキーワードだけを列記すると次のようになります。
 
「KY」空気が読めない、の頭文字。不景気しか知らないので欲がなく、頑張ってどうなる、という反応。Face bookの「認証」や「いいね」、ラインの「既読」といった「承認」にこだわる。地元志向なのも特徴です。大手安売りショップや100円で何でも買える店などの出現で、「安かろう、そこそこ良かろう」がブランド化していますし、あこがれよりも一体感を求める傾向が強く、そしてSNS(ソーシャルネットワークサービス)の普及によって、耳年増的なところがあるのもいまの若者の傾向です。
 
そういったなか、上司でもある管理職の皆さんが、どう説明責任を果たすのか。部下や新入社員の新人に、いくら時間をかけて話してみたところで、当の本人が理解していなければ、説明義務を果たしたことにはなりません。「そんな基本的なことから、一から説明しないといけないんですか…!?」と、質問とも抗議とも受け取れる問いかけを、管理者の方から直接私に向かって話されることがありますが、「そうです。管理職であるあなた自身の説明の仕方が、間違っているのかもしれませんよ…」と火に油を注ぎかねない返事をせざるを得ないのですが、説明責任を果たすために、多大な時間と労力を要することだけは確かです。
 
では、上責者として説明責任を果たすため、どのような工夫がいるんでしょうか? 説明責任の方法としては、二通りの手段が考えられます。口頭で伝える場合と、書面でのそれと。口頭による説明の場合、話の筋道はいうまでもありませんが、話し方やリズム、視線など細かい点での配慮が必要となります。また、書面による説明の場合にも、論建てに次いで字体やフォント等の見やすさも重要になってきます。ただ、言葉と文字との違いは、言葉の場合、行ったっきりの一方通行で消えていくもの、と考えてください。書面による文字の場合は、何度も読み返すことができ、消えないわけです。その違いを理解しながら、皆さんは、説明責任を果たさなければならないわけです。
 
私の拙い教育活動と、講演等において、人前で説明(口頭)をする際に心がけていることをお話しします。
 
まず、時間配分と必ず押さえなければならないポイントにズレがないようにします。一番伝えたい、伝えなければならないことは何か、そのためにどう話すのか、ということです。聞いている人の集中時間は10分程度です。その連続で話を展開してください。ポイントは繰り返すのが効果的です。なぜ、ここが大事なのかメリハリをつける必要がありますから。「ここで伝えたいことは、次の3点です。まず1つ目は…」といった感じです。「すでに伝えたはず、分かっているはず」というのは、伝える側の思い込みであって、伝わっているのか、理解しているのかどうかを、相手の言葉で確認・説明させることも重要です。大きな声ではっきりゆっくりと、間を空けながら、強弱をつけて、といった感じです。相手は、内容そのものよりも、伝える側の熱意や想いに反応し記憶されるものですから。また、介護現場では女性職員が多い傾向にありますから、人によって話す基準や態度を変えないという公平な姿勢が必要です。事前の準備としては、「準備は完璧に」です。自信が話す側にとって余裕につながり、相手にとっても安心につながるからです。人前で緊張しないコツなんてものは、ありませんので。

書面による説明では、数字を違う角度から扱うと効果的です。「4人に1人が高齢者」といったところで、何も面白くはない自明の話に終わるだけです。日本の人口で最も多い年齢が65歳であること。具体的な芸能人や法人内の該当する人をあげてみるのも身近な視点として扱えます。また60歳以上となると34%を占め、彼らだけで日本国土の1/3を占拠できること。都道府県で言えば、南の沖縄から彼らが移住したとすると、どの県まで占領することができるのか…などの会話で話をイメージ化することができます。

口頭による説明の場合、声の大きさや説得力、スピード、時間枠、視線、身振りを考えておく必要があるでしょうし、書面による説明では、見やすさ、文字の大きさ、文字の種類、段落の区切り、文の配置(座り)、句読点や接続詞、助詞の使い方といった文の作法に注意が必要です。

いずれにせよ、説明を受ける本人にとっては、皆さんの説明を「聞きたいわけでもなく、読みたいわけでもない」内容であるということを念頭に、説明責任を果たすには工夫がいるということです。

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Q60. 関西地方の特別養護老人ホームで、事務局を任されている者です。いつも連載を読ませて頂き、フロア内で回覧させて頂いておりましたが、教えて頂きたいことがあり初めて連絡をさせて頂きました。来年度からの職員採用の準備と並行しまして、来年の2月~3月に実施を予定しております新入社員研修の講師をしなければなりません。過去の連載のなかでも「説明責任」の重要性や「伝え方」については理解できましたが、報告の仕方や教え方に何かコツがあるのか、と思いまして…。

A60.事務局としてのお仕事は、企業体でいえば間接部門でありながらも、法人機能の要ともいうべき位置にあります。この時期でいえば、職員採用から始まり、入職してからの研修等、法人内教育という意味でも非常に重要な役割を担っています。
「申し送り」や業務的な伝達ではなく、まとまった時間を与えられての研修講師という意味では、「伝え方」に違いがありますし、また今後、法人内研修での講師だけではなく、法人外での報告会や発表会などの機会も増えることが予想されますから、「誰かの前で話をすること」の重要性は増す一方でしょう。「誰かの前で一定時間以上話す」ということは、紙媒体の資料やパワーポイント等の視聴覚教材でもって話すということです。どちらにせよ、話すという「話術」が必要になります。そう、「話す技術」ということですね。
 
みなさんも介護保険制度が変更になった際など、行政関係者が行うような研修で、目を白黒させながら睡魔と闘った経験があろうかと思います。なぜ眠くなるのか…。話がつまらないからです。誤解しないで頂きたいのですが、何も行政関係者の話が上手くないと言っているのではありません。目的が違うからです。これらの研修は、単価の改正や、加算の取り方、それにまつわる注意事項といった事務的な事実関係の周知のみを目的としているからです。心に残るよう、何かの記憶と結びつけながら理解させるような性格の研修ではなく、正確に伝えることを目的にしているからなんです。
 
今回の質問者が講師として話される新入社員研修のテーマは分かりませんが、テーマとしてはおそらく「法人の沿革と理念」のようなテーマで理事長もしくは施設長が話された後、「法改正も含めた介護保険制度の仕組みと理解」や「介護事故とリスクマネジメント」、「認知症高齢者の理解と正しい介護技術」、「社会人としてのマナー講座」などがオーソドックスなものでしょう。これらのテーマとしては、客観的な事実として正確に理解し、誰が聞いても同じような行動や行為が期待されるものと、認識や考え続けることで理解を促すものとに分けられるでしょう。いずれにせよ、限られた時間内で、必要なポイントを繰り返しながら話す「術」が必要になります。

研修の講師ということであれば、まず時間の尺が問題となります。10分~20分で終わるようなものではなく、少なくとも1時間以上の尺が与えられますから、伝えたい情報についての素材(ネタ)や仕込みが必要になります。話すということは、素材をどう仕込み、それをどう加工し、そして分かりやすくどう「伝える」のか、の連続的な作業をいいます。皆さんも話し上手な人に対して、「引き出しの多い人」という表現を使ったことがあるかもしれません。その引き出しとは、話題やアイデアの豊富性を指しますが、引き出しの多さだけで話がまとめられるわけではありません。情報の多さでいえば、いまでは携帯電話やスマートフォンからインターネットを介し溢れんばかりの情報があるわけですから。その情報や伝えたい素材を、どう加工し、伝え、相手の心と頭に染み込ませることができるのか、が重要になってきます。情報「収集」能力ではなく、情報「編集」能力が問われるということです。 

では、どうすれば溢れんばかりの情報に対して、何を選び、どう練り上げることができるのか…。
私の拙い経験から言いますと、10年以上ブログを書き続けています。書くための情報を入手するだけではなく、それを介護や福祉、そして社会保障との関係とどう結びつけていくのか、という思考の訓練にもなるからです。書くことを日常生活の中で義務化することで、そのほとんどが話の素材になり、引き出しの多さにつながってきます。また日記ではなくブログと言いましたのは、ブログは少なからず第三者の目に触れ、時には炎上することも予想されるわけですから、絶えず読まれることを意識しながら文を書いているわけです。そこが日記と違うところです。皆さんも、日々の介護記録を、「誰かに読まれる」ことを前提に書くようにしてください。介護事故裁判では、ケアプランと記録との整合性が徹底的に検証されるのが常ですから。
遠回りなようですが、「書く」ことで「話す」こともある程度上達するものです。その逆も真なりです。話し上手な人は、書くことも上手な場合が多いです。具体的な技術になりますが、伝えなければならない「数字」については、見る角度や視点によって意味が違ってくるというトリックが含まれているものです。書くことに必要な要素は、「時間」と「編集能力」、そして最後に「物語性」を加えることです。書くことに慣れてくれば、話すことに余裕が生まれてくるわけです。
発想を変えてみましょう。皆さんは、どんな指導者(講師)になりたいと思っていますか? 印象に残ったその講師のどこを覚えていますか? それはなぜですか? このような視点から皆さんが「聞いてよく分かった講師」、「眠くならずに難しい話もよく理解できた講師」とは、以下のような点を工夫していると考えられます。
 
時間配分、話す時のスピード、伝えたいことの構成、重要な部分は繰り返すなどの説得性、話す際の視線や身振り(ゼスチャー)などです。それと同時に、研修会等では資料も配布されたりするわけですが、その資料(パワーポイントも含め)の見やすさ、文字の種類、文字の大きさ、段落の区切り、文章の配置(座り)、句読点や接続詞、助詞の使い方といった文章作法などの工夫によって、より話すことを際立たせるのにも役立ちます。  
皆さんが今後、誰かの話を聴いた場合、このような視点から「評価」するのも、あなたが話をする際の振り返りができて良いかもしれません。

「教える」という技術については、教えなければならない知識でいうと、スマートフォンからインターネット上のものがガセネタも含め氾濫しています。正しい知識をどうつなぎ合わせ、未来への知恵と力にしていくのかがポイントになります。またその知識を縦横無尽に教えるために駆使するには、それらの新しい知識を引き出しに整理し、タイミングを計りながらその中身を引き出さなくてはなりません。そのためには、知識のポイント部分を記憶しておく必要があります。大規模災害時や突発的な有事への対応等に関しても、マニュアル等を引っ張り出して眺めている時間的余裕がないのと同じように、ある程度の「暗記」は必要です。ですから、ポイントとなる部分については、「覚える」という作業が必要となります。
「教えるための技術」として、小手先のテクニックや作ったような笑顔だけでは、聴いている者の記憶には残りません。やはり同じ話をするにしても、話す側の「人柄」や「生き方」が、聴く者にとっての記憶に残るわけです。

最後に、ここ数年間の介護事故裁判の争点をみても、「説明責任」が必ず問われていますし、来年度からの介護保険法の改正に伴い、ある一定の高齢者層にとっては負担増となる介護分野において、「なぜ、倍以上も利用料が上がっているのか…」、「先月よりかなり負担する金額が増しているが、食事や介護のサービスはなんら変わっていないと思うんだけど…」という質問は必ず出てくると思います。その際にどう説明し、説明するための知識をどう入手し、整理し、伝えるのかというところにまで持っていく必要があります。皆さんが果たすべき説明責任の履行の前に、何を説明し、どう組み立て、どう伝えるための技術を駆使していくのか、がポイントになるわけです。

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Q61. 都内の特別養護老人ホームで生活相談員をしている者です。昨日、施設内で転倒による死亡事故が起こり、今からご家族に説明と謝罪に行く必要があります。すぐに謝った方がいいのか、謝罪することで利用者さんの死亡に対し責任を負うことになってしまうのか、また何をどこまで説明すべきなのか、途方に暮れています。先生、助けてください。 

A61. これまでの連載でも、介護事故に関する記録の書き方や、説明責任の重要性について書かせて頂きました。今回は、介護事故の初動対応として、具体的な家族への説明と謝罪すべきかどうかについてですね。
利用者が亡くなってしまった場合と、誤嚥や転倒・転落事故があったものの死亡にまでは到らなかった場合とでは、説明や謝罪についての違いにそう大差はありません。
 
ですが、説明や謝罪をする利用者や家族といった相手方に対しては、以前までの連載にも書きましたように、高齢者の層が変わり、それと同時に無責任な権利主張だけをされる家族の割合も多くなっていることから、より正確な「説明責任」が問われることになります。
 
まず、今回の相談にある「謝罪をすべきか?」という質問に対しては、「とにかくすぐに謝罪して下さい」とお答えします。その謝罪は、「今回の事故について、すべての責任は施設にあります」という責任を伴った謝罪ではなく、「利用者さんに痛い思いをさせ、またご家族の方にも辛い思いをさせてしまったこと」への謝罪なわけです。事故の原因がまだ判明していない初動に関しては、利用者の死亡も含め何らかの損害が生じたという事実があるだけで、その事実に対する原因や責任、経緯すら確認途中の状況だと思われますので。

次に、説明や謝罪を誰に対して行うのか、という点が重要です。一般的には家族という言葉で一くくりにしてしまいがちですが、入所契約やサービス利用契約上、身元引受人や保証人、家族代表者という方への説明や謝罪と理解してください。身元引受人や保証人、家族代表者とは、利用者との関係にあって、交渉程度が一番密な方、というのが前提です。その方を通じて、他の家族や親族を含めた関係人に説明をお願いするという手順をとってください。このルールを間違えると、他の家族から「私はそんなこと聞いていない。説明を受けていてない」ということにもなりかねませんし、また、説明する相手を一本化しておかないと、「兄が説明を受けた内容と、私が聞いたこととでは話が違う」というクレームにもつながりやすいですから。

また、「事故を起こした当事者と話がしたい」や「責任者の施設長を出せ」という訴えも考えられます。その場合、事故を起こしたと思われる職員には責任がありませんので、その職員からみて上席にあたる者が対応すべきです。利用者が死亡しているような場合には、施設長による説明が望ましいと思いますが、この場合には施設長がある程度の正確な情報を頭に入れている、ということが前提になります。「まだよく分からないのですが、とにかくごめんなさい」では、何の説明にもならず謝罪の意味も薄れてしまいますので。

取り急ぎ的に利用者や家族に謝罪し、施設に戻ってきてから、施設長クラスにあたる管理者が次の説明までに整理しておくべき必要のあることを以下に述べます。まず、事故が起こった際、関係したと思われる職員に対し、その上席にあたる者が聞取りを行います。それと同時に、事故報告書が作成されるはずですから、施設長クラスに該当する管理者は、事故報告書をみながら、事故を起こした職員の上席にあたる者からの口頭での報告を受けてください。その際、口頭での説明と、事故報告書等の書面との相違に注意してください。たとえば、事故発生の場所や日、曜日、時間について、明らかな勘違いだけではなく微妙な時間のズレが、問題を大きくすることにもつながります。具体的な記載方法も、和暦なのか西暦なのか、どちらかで統一しておいた方がよく、また時間についても、午前・午後で記載するのか、24時間制で表記するのか、違う担当者が同じ書類を見た場合でも、極力個人の解釈が入りにくい表記方法が望ましいといえます。

つぎに、事故当事者である利用者の過去の「ヒヤリ・ハッと」と、ケアプラン第2表との関係や、事故直近のケアプラン第2表で明記されている「実施するサービス内容」と、事故直前までの介護記録との整合性を整理しておく必要があります。この作業の中で、施設(法人)側の過失(責任)が浮かび上がってきますので、加入している損害保険会社に連絡し、このケースの場合に支払われると思われる金額を参考として聞いておくこともいいでしょう。

正確に事故の事実関係を整理し、誠意をもって利用者や家族に伝えた場合であっても、利用者や家族側が恫喝・脅迫ともとれる暴言を吐き、話がまとまらないことも想定されます。事故によって利用者が亡くならないまでも、障がいや要介護度が増すような場合、利用する施設を他の事業所に変更される場合もありますが、変更されず、入所を含めサービス利用を同じ施設で継続したいと主張される場合、利用料の支払いが滞ることがしばしば考えられます。「そちらの施設での事故が原因でこうなったのだから、このまま入所させてもらう。料金は、一切払わない」といったようなクレームです。利用料の支払いについては、規定通り支払って頂き、事故の責任割合や損害程度が確定したうえで、返戻するという流れが一般的です。それでも料金を支払ってもらえない場合、入所利用契約書に記載してあると思われますが、滞納があった場合の規定に基づき、弁護士からの文章でもって、支払命令、退去命令を通知することも可能です。これらの措置は最終手段ではありますが、このような手続きを取らなければ、ずるずると利用料を支払わないままのサービス利用が恒常化し、利用者や家族にとっても、それが当たり前だ、といった感情を固定化させてしまうからです。このような状況になると、利用者や家族が直接施設に乗りこんで来て、事故に関わった職員に直接恫喝や暴言を吐く恐れもあります。具体的な暴言の内容にもよりますが、職員に対しての名誉棄損ということや、仕事が妨げられることによる業務妨害という点で、恫喝まがいな暴言を吐く相手に詰め寄ることもできます。

「ここまですると、利用者や家族を逆上させるのでは…」と思われるかもしれません。確かにそうでしょう。ですが、守るべきは現場で働く職員なんです。数多くの介護事故裁判をみてきました経験からいっても、利用者や家族から責められた職員は、ことごとく辞めていくケースがほとんどでした。彼らを守り、辞める決意までさせないことも、施設長をはじめ管理者の力量と責任であるわけです。

そもそも、施設に入所させている家族や親族が、利用者の介護事故をめぐって賠償金を請求するまでの権限を有するのかといえば、そうではありません。有すると仮定した場合には、利用者が施設や職員に危害や損害を与えたような場合、その家族や親族がその損害に対し賠償する責任が生じますから。家族や親族が利用者の後見人になっているような場合には、損害に対して請求し裁判まで実行することも可能であると思われますが、であったとしても、施設に対し、恫喝・脅迫、暴言等が許されるわけではありません。

再度、施設の責任と、家族や親族の責任について、考えるきっかけにして下さい。

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